第89話 サムジャ、パピィがいないことに気がつく

 さて、これでセイラを教会から出してやることが出来るな。


「そういえば、今はシノさんだけなんですね」

「うん? あぁそういえばパピィは影に隠れたままだったな。パピィそろそろ出てきてもいいぞ」


 俺が声を掛けるとパピィが……出てこなかった。


「あれ? どうしたんですか?」

「ちょっとまってくれ」


 俺は意識を集中してみた。影に隠れていたとしても口寄せしているパピィならどこにいるかがわかる。


 そして気がついた。パピィがこの場にはいないことと、そして……


「パピィは、おそらくハデルと一緒だ。ハデルの影に潜んでついていってしまったのだろう」

「え! そんな、どうして?」


 セイラが驚いた。確かにそこは気になるところだ。だが、ふと思い出した。ハデルがセイラに言っていたセリフには不穏な気配があった。


 そしてあれはパピィにも聞こえていたのだろう。俺と同じできっとパピィもそれが気になり、ハデルの後をついていくことにしたのだと思う。


 命の恩人のセイラについてのことだ。パピィも黙ってはいられなかったのだろう。俺に何も言わずに行くなんて珍しいが、あの状況でぼやぼやしていたらハデルが行ってしまうと思ったのかもしれない。


「パピィはハデルの秘密を探ろうとしてくれているのだろう」

「そ、そんな! 危険じゃないですか?」

「確かに危険だが……パピィが決めてやったことだ。それにパピィも今じゃ立派な忍犬だ。自分の身ぐらいは自分で守れるはずだ」

 

 もっとも口寄せをしているから、危なくなったら呼び戻すけどな。しかしパピィが決めたことは尊重したい。


「それにさっき話したように、もうしわけないがセイラには急いで貰う必要がある。早速いいか?」

「は、はい! でもどうやって出るのですか?」

「大丈夫だ。この手なら上手く行くだろう」


 そして俺はセイラを連れて堂々と教会から出ることに決めたわけだが――






◇◆◇


「お前たち戸締まりの確認はしたか?」

「は? 何言ってるんだ? さっき自分で確認していただろう?」

 

 通路ですれ違った神官に訪ねた後、は? とアグールが小首をかしげた。彼は大神官からおしつけられた、いや、頼まれた仕事にかかりっきりで戸締まりの確認など出来る余裕もなかった。


 だが、彼らはそんなアグールが戸締まりの確認をしていたという。

 

 そんな真似してないのに妙なことを言う奴らだ、と疑問に思っていると今度は向こうからアグールに問いかけてくる。


「ところで結局聖女様は部屋が移動になったのか?」

「何だそれ? 初耳だぞ? そんな話があるのか?」

「何言ってるのよ。さっき自分で言っていたんじゃない」

「そうだぜ。聖女様の部屋が移るってな。まぁその後ハデル様に確認しておくと言っていたがな」


 教会に務める他の神官の言葉にアグールはますますわけがわからなくなった。


 もしかして疲れて自分でもわからないうちに奇妙な行動を取っていたんだろうか? なんてことまで考えてしまう。

 

 そして他の神官と別れた後、自分の部屋に戻る途中で今度は聖女を連れて歩くハデル大神官を見つけた。


「ハデル大神官! 聖女様とどちらへいかれるのですか?」


 アグールが話しかけるとセイラが焦ったような表情になるが、シノは、うむ、と頷き。


「わけあって聖女セイラの部屋を変えることになったのだ」

「え? それじゃああいつらの言っていたのは合っていたんだな……だけど、それが何で俺に?」


 ハデルの話に、一人ぶつぶつ口にするアグールであり。


「それで、どの部屋に?」


 そしてハデルにそのような質問を続けてきた。一瞬言葉に詰まるハデルであり、その様子に怪訝そうな顔を見せるアグールである。


「……そのようなことを貴様に話す必要があるか?」


 だが、その直後高圧的な態度でハデルが口を開き、アグールの目に動揺が滲んだ。


「え?」

「だから何故私が貴様にそのようなことを逐一報告せねばいけないのかと言っておるのだ。貴様は私に報告を求めるほど偉いのか?」

「め、滅相もございません! ただ興味本位で聞いてしまっただけで、その、し、失礼いたしました!」


 米つきバッタのようにペコペコと頭を下げるアグールを見下ろしながらハデルは顎を擦った。


「ふん。わかればいいのだ。ならさっさと自分の仕事に戻るがいい」

「承知いたしました!」


 そしてアグールが逃げるようにその場を去っていく――






◇◆◇


「ふぅ、何とかごまかせたな」

「シノさん凄い……本物の大神官みたいでした」


 ハデルに変化した状態でアグールを上手く騙し安堵すると、セイラが感心したように言ってきた。

 大神官みたいと言われても喜んでいいのか微妙だが、一応あいつのイメージで演じたつもりだ。


 俺としては実物はもっと偉そうだったかな? と迷いもあったが、ごまかせたなら良かった。


「さ、急ごう。本物とかち合ったら面倒だからな」

「はい!」


 そして俺はセイラを連れ無事教会堂から出ることに成功した。後は宿に急がないとな――

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