第84話 狂気と狂喜

「あらあら、さっきから派手な爆発が聞こえてくるわね。ふふ、あの子達無事かしら。とても気にならない? ねぇ、マスカさん」


 闇色の笑みが仮面を被った彼女に向けられた。ダクネイルの視線の先には、真っ赤な鮮血に彩られたマスカの姿があった。


 今、マスカの顔には最初に被っていた般若の面が装着されていた。仮面舞闘士は仮面の力を引き出すことが出来る天職だ。


 故に様々な仮面を切り替えて戦うのが彼女のスタイル。しかし、最初こそトリッキーな仮面も活用し、押しているように思えていたが――


「でも、仮面が剥がれた、とでも言うべきかしら? 少し残念に思うわ。もう少しやるかと思ったのだけど」


 残念なものを見るような目でダクネイルがマスカを見下ろした。その興味は大分彼女から尽きかけている。


 マスカも正直ここまでとは思っていなかった。確かにレベル差はあれど、仮面の力でやればそこまで一方的なことにはならない、いやさせまいと必死に戦いを演じていた。相手は格上だ当然舐めてなどいないし、最大限の警戒心も抱いていた。


 だが、そういう次元ではなかった。気をつければ工夫すれば裏をかけば、そういった小細工が通じる相手ではなかったのだ。


 暗黒美将という天職はマスカにとっても未知な天職であった。闇の天職であり、しかも他に類を見ない天職でもある。ちょっと悪さしただけで得られる盗賊などとは意味がまるで異なる。


 だが、それでも全体で見ればそこまでスキルのパターンが多いようには思えない。これがただレアリティの高い天職に浮かれてスキル頼りでやってくるような相手なら問題にもならなかっただろう。


 しかしこのダクネイルは違った。自分の天職を熟知し戦い方を心得ている。


 これが賞金首の四天王として名を馳せた者の実力か、と絶望感さえ覚えた。


 だが――


「私はまだ、終わってはいない!」


 手に持った剣を振る。傷ついた体で、血濡れた身で、そうまさに今彼女は般若のごとく動きでダクネイルに攻め立てていった。


「驚いたわね。ダメージを受けてそれだけ、いえ。、寧ろダメージを受けた方が動きが良くなっている?」


 気づかれたかも知れない。そうマスカは考えた。般若の面――この面をマスカが被ることで身体能力を向上させる効果がある。


 それ故に基本形としてこれを被っていることが多いが、しかし効果はそれだけではない。


 この仮面を被った状態でダメージを受け傷つけば傷ついただけ、戦闘力が向上する。それがこの般若の面の効果だった。


 そして、更にもう一つ秘密がある。しかしこれは本来ならあまり好ましくないもの。


「なるほど、そういうこと。それでその面を選んだのね。だけど残念ね、それでもまだ、足りないわ!」

「ぐっ!」


 攻撃の隙間を縫うようにダクネイルの手刀が割り込まれ、マスカが苦悶の声を漏らした。


「――般若の色が変わった?」

 

 だが、その時だった。般若の面が赤く染まりその空気が変化した。


 般若の面のもう一つの効果――それはダメージを受ければ受けるほど狂化する可能性が上がることだ。


 つまり冷静さを失う。しかしその代わりに攻撃力が著しく上がり攻撃的になる。


 マスカはあまりこの戦い方を好ましくは思っていなかった。戦闘中に狂化することはリスクも伴う。


 だが相手が相手だ。ここまでの相手に防御を固めても最早意味がない。徹底的な攻撃的攻撃。それこそがこの場において活路を見出すことに繋がる。


「ハァアアアァアァアアァアアァアアァアアアアガアァアアァアアアアアァアア!」


 狂ったような連続攻撃。防御は勿論読みすらない。ただただ力に任せた攻撃に次ぐ攻撃。だが、上昇した速さと攻撃力が、ダクネイルの動きと防御を凌駕する。


 マスカの剣が腕を捉え脇腹を抉った。ダクネイルのドレスが深紅色に染まっていく。ダメージはある。通っている。このまま攻め立てれば――


「暗黒鬼笑――」


 だが、そのときだった。ダクネイルの闇色の笑みが変化し、文字通り鬼のような笑みに変化した。


 直後だった。ダクネイルの姿が視界から消えた。かと思えばマスカの全身が切り刻まれ空中へと投げ出されていた。


「中々面白いけど、私も似たようなスキルがあるのよねぇ」


 地面に落下したが、震える膝を奮い立たせ、何とか立ち上がった。仮面越しに見た彼女に絶句する。まさに今の彼女は悪鬼そのものであった。


 暗黒が全身から滲み出ており、後ろの背景も歪んで見える。般若の面の狂化など目じゃないほどの狂気ぶりに、マスカは直後の死を連想した。


「貴方はここで殺すけど、その前に素顔を見せて頂戴」


 一瞬にして距離を詰めたダクネイルの手刀が般若の面を真っ二つに割った。


 邪悪な笑みと興味深そうな瞳。しかし、その目が困惑の色に染まる。


「硝子の仮面?」

 

 そうだった。マスカは面の中に別の面、この硝子の面を被せていた。仮面を二重に掛けていたのだ。


 そしてそれこそがマスカの最後の秘策だった。


「ハァアァアアァアアアァアア!」

 

 硝子の仮面は本来は頼るべき仮面ではない。あまりにリスクが高すぎるからだ。この面は効果を発動した瞬間己の身が硝子のように脆くなる。


 自ら防御を捨てるような物だ。防御より攻撃を優先させる狂化とは根本的に異なる。


 この仮面に頼るということは一撃でも攻撃を受けることは死に直結する。

 

 だが、その効果は相手にも及ぶ。それがこの仮面の効果だった。自分自身もまるで硝子のようにもろくなる代わりに相手に攻撃が通った場合も硝子が砕けるようにあらゆる防御を貫き大ダメージに直結する。


 だからこそ、この好機を逃すわけにはいかない。面を割るという行動に出てくれたおかげで、マスカの間合いに相手が自ら入ってくれた。


 全身全霊の力を込めた刺突を放つ。相手がどれだけの力を持っていようと避けられるタイミングじゃない。確実に当たる! 


 そして迫る刃を――ダクネイルは左腕を滑り込ませ防ぎに入った。それは恐らくぎりぎり間に合うだろう。だが、それでも意味はない。この仮面の一撃は例え腕で防ごうがその衝撃は全身に伝わるのだ。


 だから勝てる! 避けるではなく防御を選んだ時点で……


――スパァアアァアアァアアアン。


 快音が鳴り響き、腕が宙を待っていた。随分と華奢な腕だった。それを見た時、マスカは何をしたのかすぐには理解できなかった。


「そんな、お前、自分の腕を――」


 ダクネイルの左肩の付け根から先が消えていた。にも関わらず彼女は笑っていた。確かに左腕でガードしたところで硝子の仮面の効果で全身に衝撃が伝わる。


 だが伝わる前に腕を切り飛ばせば別だ。つまりダメージは左腕一本で済む――そんなふざけた計算、一体誰が思いつき実行するというのか?


 あまりに馬鹿げておりクレイジーな判断だった。だがそれを息を吐くよう目の前の暗黒姫はやってのけた。マスカはそれこそが自分とこの女の違いであり、決して埋まらない差であったと悟った。


「惜しかったわね」


 ダクネイルの残りの手刀があっさりとマスカの腹を貫いていた。そして同時に硝子の仮面もまた役目を終え粉々に砕け散るのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る