第50話 パピィの冒険 其の参

――カリカリカリカリカリ……


 どこかで手に入れたのか、それとも自分の力で得たのか――それはわからないがその鼠は頭蓋骨に牙を食い込ませ齧り続けていた。


 ウーズラット。それがこの鼠の姿をした魔物の名前だった。本来この町には存在しない魔物だ。


 だがそれはここにいた。呼び出した者がいたからだ。とある男の儀式によって呼び出され、来る日を待ち続けていた。その間にここに近づくものがでないように灰ネズミや火ネズミ、黒ネズミなどを配下とし警戒させていた。


 ウーズラットの側には大量のネズミがいた。元々は他愛もないドブネズミだ。しかし、ウーズラッドに埋め込まれた病魔によって、非常に感染力の高い病原菌を保有している。


 時が来たらこのネズミの群れを外に放つ。それがウーズラットに与えられた命令だ。


 このまま邪魔が入らなければ、間もなくその時が来る、だが、ウーズラットの視界に手下のネズミとは別の生物の姿が飛び込んできた。


「お前がネズミのボスだね!」

「……ギィ」


 随分と緊張感のない雰囲気の漂う子犬だった。大して強そうにも思えない。


 しかし、ここまで来たということはあの黒ネズミ三匹も倒したということだろう。あいつらは頭は悪かったがネズミの中ではそれなりの強さを誇っていた。


 それを倒して来たということはそこそこはやるということか。だが、結果的にソレはこの子犬にとっては不運だった。


 そしてウーズラットが犬の排除に動き出す。


 先ず控えていたドブネズミをけしかけた。


「問答無用ってことだね!」

 

 迫る大量のドブネズミ。この数をたった一匹では対処しきれないだろう。そしてネズミの爪でほんの少しでも引っかかれたら病に冒される。


「旋風爪牙!」


 しかし、子犬は回転しながらの体当たりで群がるネズミを全て排除していった。


 威力の高い突撃だった。しかもあれだけ勢いがあるならドブネズミ共ではかすり傷一つ負わせられないだろう。


 だが、それがどうした? まさか自らの手を汚すことになるとは思わなかったがウーズラットの彼が動けばこの子犬に負けることはない。


 毒々しい色の液体がウーズラットの全身を先ず包み込んだ。その後、液体が触手のように変化していく。


「うわ、なにそれ! ドロッとしていて嫌な感じだよね!」


 軽い言葉遣いだったが、相手の動きは速い。油断していい相手ではなさそうだ。だが、問題ない。病魔の染み込んだ触手だ。ドブネズミに染み渡らせた物より遥かに強力。しかも己に纏った液体も同じ効果がある。


 さっきのように突撃してきたらあっというまに全身が病に蝕まれる。つまり、こいつはもう詰んでいる。

 

 無数の触手が子犬に迫る。存外動きが素早い。触手は全て避けられた。意外だった。掠っただけでも勝負は決まるのだが、相手はしっかり触手を警戒している。


 だが、いずれは体力も尽きるだろう。そもそも向こうにはこちらを攻撃する手段が無いはずだ。


「僕にだって! 新しいスキルがあるんだ!」


 だが、子犬の足元から影が伸びた。そして形を変え鋭い刃と化す。


「影操作だ!」


 刃となった影がウーズラットの触手を切り裂いていく。どうやら影を操り形も変化できるようだ。


 急に厄介な相手になった。そうウーズラットは判断した。だが、手数ならこっちも負けてはいない。


 再びドブネズミが子犬に迫る。奴の影操作は恐らくそれなりに集中力が必要となる。影を操作している間はあの突撃を行使できないだろう。


「うざったいね!」

 

 案の定、子犬は影を操るだけで突撃はしていない。ドブネズミへの対処で手一杯になりつつある。ウーズラットの触手がその暇を狙った。だが、存外反応が早い。


 触手とドブネズミによる連続攻撃に上手いこと対処していた。だが、それもウーズラットにとっては折込済みの行動だった。


 ウーズラットの本当の目的は異なる。やつはここが下水道であること、そして水路には絶えず汚水が流れていることを考えていなかった。

 

 ウーズラットの背後に密かに伸びた触手はそのまま水路に潜り込み移動していた。子犬からは死角になっている。


 そして伸ばした触手を避け続ける子犬の背後から、密かに下水から近づけておいた触手を一気に伸ばす!


「あっ!?」


 子犬の驚く声が聞こえた。だが今更気がついてももう遅い。この一撃は避けられない。そして一度でも触手を受ければ病魔に蝕まれ子犬は死ぬ。


 なかなか面倒な相手だったが、同時に少しは楽しめたかなと思ったりもした。


 だが、そこで勝ったと思い込んだのがウーズラットの敗因だった。触手が子犬に命中した途端、毛皮だけを残して子犬が消えた。


「――ッ!?」


 馬鹿な! とキョロキョロと辺りを見回す。勝負はついたと思ったのに、一体どこに!


「ここだよ!」


 声はウーズラットの頭上から聞こえた。見上げると影操作で糸のようにした影を使い天井にぶら下がる子犬の姿。


「さっきのは空蝉の術さ!」


 子犬が叫ぶと、鎌のように変化した影が既にすぐそこまで迫っており――しまった! と思ったその時にはウーズラットの体は両断されてしまっていた――





「ほ、本当に倒しちまったのかよ!」

「うん。もうこれでネズミの心配は無いはずだよ! 平和になったよね!」


 ボス犬の下へ戻ってきた後、パピィは尻尾をパタパタさせながら下水での出来事を伝えた。犬たちは随分と驚き、そして喜んでくれた。


「大したもんだ! これは認めざるを得ないな。これからの群れのボスはお前だ!」

「お断りします」

「「「「「えぇええぇええええぇえ!?」」」」」


 パピィはあっさりと断った。ボス犬たちが驚くが。


「僕には大事にしてくれる御主人様がいるんだ。御主人様のために僕は働きたいし、やるべきことも残ってる!」

「……そうか。わかったよパピィ。だけどあんたのことは勝手に兄貴として尊敬させてもらうぜ!」

「アニキィ!」

「パピィ兄貴!」

「俺たちの兄貴の誕生だ!」


 そうして皆が盛り上がる中、あのメス犬もパピィに改めてお礼を述べる。


「本当にありがとうございました。あの、それで……いえ、なんでもありません。御主人様の為にこれからも頑張ってくださいね!」

「うん! ボス犬も袋を預かってくれてありがとうね!」

「いいってことよ」

「じゃあねみんな!」

 

 メス犬は結局パピィを引き止めることはしなかった。


 こうして途中寄り道もあったもののパピィは無事金貨を取り戻し、そして飼い主であるシノの下へ戻ったのだった。






◇◆◇


 朝起きると、机の上に金貨の入った袋が乗っていた。


「百万ゴッズ? ふむ……」

「アンアン!」


 俺の足元ではパピィが舌を出して尻尾を振っていた。うむ、もしかしてこの金貨?


「パピィ、もしかしてダンジョンで見つけたのをとっていたのか?」

「……アンッ!」


 パピィが元気に吠えた。そうか、やるなパピィも。でも、そうだななら今日はバザーでパピィの為に旨いものでも買ってあげるか――

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