第47話 ハデルとダミール
「な、なんてことを! ミレイユ! ハデル様に謝罪しなさい!」
「何故、叔父様に命令されなければいけないのですか? そもそもここはお父様の屋敷ですよ」
「何を馬鹿な。私は兄から後を任せると言われている。兄が残した手紙も見せたであろう」
「……それなのですが、私には若干違和感がありました」
ここで口を挟んだのはメイシル。十五歳の時からこの屋敷に仕えてきたメイドであり、今や他のメイドを纏めているメイド長でもある。
「……ミレイユ。そもそも何故このようなメイドがここにいる? 使用人程度が立ちあって良い場所ではないぞ」
ダミールが顔を顰め姪に問う。その目はメイドのメイシルを邪魔だと言わんばかりだ。
「メイシルには父も信頼を置いてました。この屋敷でも彼女に感謝する者こそいれ、貴方のように邪険に扱う者はいません。父の意識がはっきりしていたらメイシルを頼りにし感謝したことでしょう」
「……それは済まなかったな。私もまだここのルールには詳しくないのだ。そのあたりはおいおい教えてもらうとしよう」
存外ダミールは素直に謝罪を入れた。ただ、言の葉を口にする時の顔は無表情そのものであり、内心では決してそのようなことを思っていないことをミレイユは感じ取っていた。
「話を戻しますが、旦那様は何かを書き残す際、必ず末尾に動物の画を小さく残しました。それが無かったのです」
ミレイユの訴えにダミールは苦み走った顔を見せる。
「叔父様、これは一体どういうことで?」
「そ、それはその」
「簡単なことだ」
喉をつまらせるダミールにかわってハデルが説明する。
「カイエル卿が侵されている病魔は非常に重い。これに侵されていると一種の記憶障害も引き起こす。きっとその手紙を残す時には多少なりとも影響があったのだろう」
「そ、そうだ! 思えばこの時から兄の言動はおかしかった!」
ダミールが叫ぶ。一瞬は焦りも見えたがハデルの説明で息を吹き返した。
「とにかく、今兄を救えるのはハデル大神官を置いて他にはいないのだ! ここで機嫌を損ねて治療を止めてもし容態が悪化したらどうするつもりだ!」
「……それは――」
ミレイユは一瞬言葉につまった。個人的には怪しいと思っている。だが確証はない。それに現状では教会に頼るほか無いのも事実だ。
「でしたら、聖女様をお呼びしては頂けませんか?」
そのとき、再び口を開いたのはメイシルだった。
「聖女だと?」
「はい。噂では聖女様にも病を治す力があるとか。それに天職としてみても病気を治す力が強いのは聖女と聞き及んでおります。ならば、この場は聖女様に任せるのもよろしいかと」
窺うようにハデルを見つめながらメイシルが言った。ハデルがどう答えるか見極めるつもりと見える。
「……残念だがそれは出来ない」
「何故ですか!」
キッとミレイユがハデルに睨みを利かす。
「……あの子には才能がある。おそらくいずれは大聖女の名も恣にする日がくるかもしれない。そしてだからこそ教会としても大事に育てていきたいと考えている」
「それが何か?」
メイシルが訝しげに眉を顰めて問い返す。
「確かに才能はある。しかし、あの子はまだ若い。経験も浅くまだまだ力が弱いのだ。これほどまでに重い病魔を扱うには明らかに力不足だ」
「そんなものやってみないとわからないではありませんか!」
「ほう? やってみないとわからないですか。ではききますがやって駄目だった時には貴方は責任を取ってくれるのですかな?」
「え?」
ハデルの強い視線を含めた返しに、ミレイユがたじろいだ。
「今も言ったとおり才能がある聖女だ。恐らく領主の病魔を治す為力を貸してくれと言えば二つ返事でやってくることだろう。しかし、それで駄目だった時には、治療が失敗した時にどうなるか。ある程度経験を重ねていれば立ち直りも利く。しかしまだ若い聖女ではそうはいかない。きっとその責任の重圧に心が折れてしまうことだろう。そうなればもう聖女としてやっていくことは出来ない。それを承知で貴方はこの病魔を診ろと?」
「…………」
ミレイユはそれ以上何もいえなかった。メイドのメイシルもだ。
「は、話はわかったな? 今現状でこの病魔に対応できる力を持っているのはハデル大神官様だけなのだ! わかったら二度と余計な口を挟むんじゃない! いいな!」
ダミールに怒鳴られ唇を強く噛みしめるミレイユであり、その後はメイシルと一緒に大神官の治療とやらを見届けることとなった――
◇◆◇
「全く、あれには私も焦ったぞ」
「やれやれ。貴方も少々顔に出すぎですぞ。もう少し貫禄を持ってもらいたいものだ」
カイエルの治療を終わらせた後、ハデルは用事があると神官を先に戻らせそして誰にも見つからないように結界を張りダミールと密会していた。
「しかし、兄はいつ始末するのだ? あんたの呪いとやらはもう効いているのだろう?」
「……あまり焦らないことです。確かにやろうと思えばやれますが、今すぐにそれをしては不信感の方がつのるのみ」
「あのミレイユもメイシルもずっと私を怪しんでいる。今更それは覆そうもないが……」
ダミールが悔しそうに歯噛みした。兄が病気になった途端姿を見せ領主面をしだしたことを気に入っていないことは明らかであり、ダミールも不満に思っていた。
「あの二人はもう仕方ありません。大事なのはその外です」
「外?」
「屋敷の他の使用人は勿論ですが領民からの信頼も今のままでは勝ち取れない。逆に言えばあの二人が何を言おうと町での評判が上がり支持者が増えればどうとでもなります」
「しかし、そんなこと可能なのか?」
「はい。その為に先ず通り魔事件をあくまで貴方主導という形でギルドから引き上げさせたのです」
「む、しかし、その事件は解決出来るのか?」
「問題ありません。寧ろこのために起きている事件ですからな。ギルドから依頼を引き上げ次第事件が解決するようにします」
「解決するようにって、まさか?」
ハデルがニヤリと口角を吊り上げる。
「なるほどそういうことか。しかし、だったらすぐにでも解決したほうが良くないか?」
「いえいえ、こういうのはもう少し焦らしたほうがいい。それに、冒険者ギルドの評判を更に落としそれを餌に逆に貴方の評判を上げるためです」
「な、なるほど。冒険者でも解決できなかった事件を私が主導したおかげで解決できたとなれば。ふふ、お主も中々の策士よのう」
ダミールがほくそ笑む。一方でハデルはこうも考えていた。解決の前に一つ動いてもらう必要があると。
「しかしそれだけでそこまで評判は上がるものか?」
「勿論ある程度の効果はあるでしょうがもうひと押し欲しいところでしょう。そこでウーズラットという特殊なネズミの魔物を下水道に放っておきました。これがいると病気持ちのネズミを次々と生み出してくれます。そして今に市井に病が蔓延するはずです」
「な! そ、そんなことしては逆に評判がおちるのではないか?」
「いえいえ、確かに病気が蔓延しますがその直後貴方が我々教会に依頼したことにして我々が治療に回りましょう。病といっても我々の力があれば治せる程度ですからそれで解決。貴方の評判も一気に上ることでしょう」
「お、おお! 良いではないか! 良いではないか!」
ハデルの作戦にダミールは表情を綻ばせた。これでこの地の領主の座は私のものだと確信しているようでもある。
「ですが、成功した暁にはお忘れなく?」
「勿論寄付金は弾むし、何でも協力してやろう! 私に任せておけ!」
「ふふ、約束ですぞ――」
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