第46話 大神官ハデル

「くそ、まさかこんなことになるとはな」


 ハデルは教会に戻り一人頭を抱えていた。理由はあのシノという冒険者にあった。


 あの日聖女に駄犬を治させた冒険者。それだけならば聖女によりつく小虫の一匹程度の話だっただろう。


 しかし、あの男はよりにもよってあの刀を持っていた。しかもそれが天下五剣の一本数珠丸恒次じゅずまるつねつぐであることもだ。


 それでも、そこまで問題になることはないと思いたかったが、あんな斧まで持ちだしたってことはやはりそれだけの実力はあったということだ。その上で欠点のまるで感じられなくなった忍法まで使いこなすとなると話は変わってくる。


「大神官ハデル。アグール只今戻りました!」


 すると大神官の部屋にアグールがやってきた。

 そういえばあの男について調査させていたなとハデルは思い出す。


「それで? どうだった?」

「はい。先ずあの男、どうやらかなりの早さでランクがFからEにあがったそうです」

「ほう……」


 冒険者ギルドのランクについてはハデルもある程度知っていた。記憶では通常冒険者がFランクからEランクに上がるには早くても数ヶ月程度掛かるはずだ。


「それによると登録して一日程度で上がったとか。あとダンジョン攻略の噂もありましたね」

「一日だと? そしてダンジョン、くそやはり思ったとおりだったか」

「思ったとおり?」

「……お前は知らなくていいことだ。余計なことは詮索するな」

「は、し、失礼いたしました!」


 ハデルがスッと目を細めてアグールを見る。

 

 この男、神官としては決して有能ではないが立場はわきまえており余計な詮索をしようとしない。


 だから扱いやすい。


「それで、教会の人間とはバレてないだろうな?」


 ハデルが問う。


「はい! 勿論どこの教会とは言ってませんので大丈夫だと思いますよ!」

「どこの?」


 妙にその言い回しが気になった。ハデルはさらにアグールを問い詰める。


「勿論、しっかり着替えたのだろうな?」

「勿論! 新品のローブに着替えて情報収集に向かいました!」


 ハデルは頭を抱えた。確かに扱いやすいがこいつは馬鹿だ。


「私は、教会の人間だとバレないようにやれと言ったつもりだ!」

「え! ですが神官たるもの、常にローブを着てうごくものではありませんか? ですから私は……」

「そんな常識は知らんわ! この馬鹿が!」

「ヒッ……」


 ハデルの怒鳴り声にアグールが顔を引き攣らせた。


「くそ、怪しまれていなければいいが……」

「えと、何かまずかったでしょうか?」

 

 おどおどした顔を見せるアグールをハデルはジロリと見やり。


「次の手当は減額だ」

「え、えぇえええええええ!?」


 アグールが仰天した。アグールにとって唯一の楽しみが定期的に支払われる手当であったが、それが減額されるのは厳しい。


「む、もうこんな時間か。私は出てくるぞ」

「は、はい。いってらっしゃいませ……」


 ハデルが準備を始め落ち込むグールを他所に出かけようとする。


「そうだアグール」

「は、はいなんでしょうか!」


 ハデルの声にアグールが飛びついた。減額は無しと言ってくれるかも知れないと調子のいいことを思ったのかもしれない。


「お布施の精算をしておけ」

「え? あ、はい。では明日にでも」

「今からだ」


 アグールがそう返すもハデルから容赦ない言葉が返ってきた。


「えっと、今からですか? もう外も暗いのですが……」

「それがどうした?」

「えっと、その……」

「それがどうした?」


 二度繰り返される。更にハデルの圧が強まる。


「しょ、承知いたしました……」

「朝までにやっておけよ」


 着替えをすませアグールに目で訴えた後、他の神官を引き連れてハデルは教会を出た。


 その後、アグールは焼け気味にお布施の精算を始めることとなるのだが――





 一方でアグールに仕事を無理やり頼んだ後、ハデルは神官たちと共に領主であるカイエル・マルキエル伯爵の下を訪れていた。


「如何でしょうか兄の具合は?」

「ふむ――」

 

 ベッドの上でほぼ寝たきりになっている兄をいかにも心配だという風に見ていたのは彼の弟であるダミール・マルキエルであった。


 そしてカイエルの顔色を窺っているのは、教会の大神官であるハデルだ。


「病状は決していいとは言えないが、若干持ち直しているように思える。今が大事な時であろう。無理はさせずこのままおとなしくさせておくほうが良い」

「流石大神官ハデル様だ」

「本当に。いつも的確な判断をなされる」


 ハデルの言葉に周りの神官が口々に賛美する。

 

「それでは、兄は自分の意思で為政を行うことは?」

「それは流石に無理であろう」

「こまりましたな。そうなると……領内には色々と問題も多い。兄がこのままでは経営もなりたたんだろう」


 ダミールは顎を抑え、いかにも困ったような体で唸り声を上げた。


「ならば、そなたが代わりに行えば良いのでは? 兄が倒れている以上、弟であるそなたが立ち上がる他あるまい」

「なんと、教会の大神官たる貴方もそう思われますか?」


 ダミールが目を見開き叫ぶ。それを他の神官たちもうんうんと頷き聞いていた。


「最近も冒険者ギルドなどに頼らず自らが指揮し連続通り魔事件の解決に乗り出すことも決めておられる。ダミール殿が動けばきっとすぐに事件は解決されることだろう。他にも色々と倒れた兄の代わりに手腕を発揮なされている。貴方以外に適任者がおられると?」

「む、むぅ、教会の大神官がそこまで後押ししてくれるのなら……」

「私は納得がいきません!」


 その時、扉が開き一人の少女がメイドと一緒に中に入ってきた。


「ミレイユ――今は私が大神官様と大事な話をしているのだぞ?」

「この部屋は私の父の部屋です。父を心配し娘の私が入って何が悪いというのですか」


 ミレイユがキッと叔父に強い視線を送った。


「そもそも私は納得がいっておりません。父の当初の病状はここまで酷くありませんでした。それなのに叔父の勧めで教会に頼んでからみるみる容態は悪化するばかりです」

「はは、これは参った。それではまるで私が原因のようではないか」

「な、なんて罰当たりなことを! 申し訳ありませんハデル大神官。姪が失礼な真似を」

「……ふむ、しかし私が信用できないというのであれば、これ以上ここにいても仕方がないのかもしれませんな。少しでも領主様の為になればと思ってのことであったが」

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