エピローグ・再び終わりと始まりの日

 事件解決から三日後、内閣府危機管理局もやっと通常業務に戻り、赤城がこれまでに貯まった業務書類の山を整理していた時、鬼塚局長から局長室に来るように電話があった。ノートパソコンに書きかけの報告書をセーブして、電源を落としてから、赤城は局長室に向かった。局長室には、すでに黒田も呼ばれていた。

「今回の件では二人ともご苦労だった。二人のおかげで、ウイルス盗難事件が公になる前になんとか解決できた。毛利首相も、この件が大きくならずに胸を撫で下ろしているところだ。それから、二人の労をねぎらって欲しいと、おっしゃってたぞ」と鬼塚が言った。

「ありがとうございます。ですが、MADサイエンス研究所の協力が無ければ、今回の事件は解決できませんでした」と赤城が補足した。

「もちろんだ。毛利首相も、何らかの形で彼らの協力に報いたいそうだ」

「――これから話すことは極秘事項だ。君たちの胸の中だけにしまっておいてくれ」と鬼塚が神妙に切り出した。

 それから、鬼塚は昨日の閣議室での顛末てんまつを二人に説明した。鬼塚の説明を聞き終わった赤城が、語気を強めて発言した。

「福山の辞職だけなんて、処分が軽すぎませんか?」

「私も主任と同じ意見です」と黒田が同調した。

「まぁ、そう怒るな。こちらとしても、ウイルス盗難の事実を隠す必要があるので、毛利首相としても苦渋の決断なんだ」

「しかし福山にとっては、辞職だけでも我々の想像以上に大きな痛手だと思うぞ。自己顕示欲の塊で権力志向が強い福山のことだから、権力が行使できない今の無職の状態は、社会的には抹殺されたも同然ではないかな?」と鬼塚が答えた。

「それから、義父の綾部については『高齢者ドライバー事故の真実』と題した週刊誌記事も発表されるようだし、東関東テレビのワイドショーでも『事件の真相:高齢者の運転事故』として特集されるらしい」と鬼塚が続けた。

「参考のためにお聞きしたいのですが、これらの情報は危機管理局から意図的に漏洩させたものでしょうか?」と赤城が聞いた。

「二人も知っているように危機管理局は、情報漏洩についても厳しく危機管理している。我々から、そのような情報がマスコミに流れることはない。今回の件は、林田姉弟によるもののようだ。林田秋菜が以前世話になった東関東テレビのディレクター宛に、匿名で綾部関連の情報を送ったらしい。残念だが、個人が持っている情報までは危機管理局で管理はできん」とやや嬉しそうに鬼塚が答えた。

「これからしゃべることは独り言だ」と前置きして鬼塚がさらに続けた。

退職を申し出たワクチン研究所・元所長の福山の話では、拉致・監禁されたのは本人の勘違いだったそうだ。逮捕された二人は、急な腹痛で困っていたところを偶然助けてくれた親切な若者たちだった。二人は元所長を病院の近くまで車で送ってくれただけだ」

「元所長は少し認知機能が衰えたのかもしれんなぁ。最近、認知能力を低下させるウイルスが発見されたそうだ。ひょっとしたら、元所長もそのウイルスに感染しているかもしれないな。一度、アルツハイマー病の名医であるによる精密な検査が必要かもしれん。私も含めて人間誰しも、年を取ると記憶が曖昧になるからな」と鬼塚がうそぶいた。

「それから、不正使用された研究費は全額返済された。また、福山の退職金の全額が、交通遺児の基金に寄付されたそうだ。お金で罪が消えるわけではないが、何もしないよりましだろう・・・・・・」

「ところで、捕まったあの二人は今後どうなるんでしょうか?」黒田が鬼塚に聞いた。

「先程話したように、二人については福山さんのによる誤認逮捕だ。次の日には、すぐに釈放されたよ」

「そうそう。二人とも、それぞれの特技を買われてMADサイエンス研究所の仙石さんにスカウトされたそうだ」

「青山君の話によれば、すでに二人は研究所の海外駐在研究員としてベトナムのハノイに向かったそうだ。一人は東南アジアの遺伝子資源を調査する遺伝子ハンター、もう一人は遺伝子配列を解析する遺伝子アナライザーとしてだ」と鬼塚が答えた。

「ハノイ? ベトナムの?」赤城と黒田は鬼塚の顔を凝視した。

「そうだ、ハノイだ。東南アジアには、まだまだ未知の遺伝子資源が眠っている。二人はハノイを拠点として医療や創薬に役立つ遺伝子資源を探すそうだ」

「毛利首相も現地の大使館を通じて、住居の手配などの便宜を図ったそうだ」鬼塚が平然と答えた。

「これは林田秋菜さんからの伝言だが、赤城さんを襲わせたのは少し脅かして注目を引くためと、自分たちを防犯カメラに移して小森君にヒントを与えるため、だったそうだ。本当は赤城に直接会って謝りたいと言っていたぞ」

「もともと、二人に鳥インフルエンザウイルスを拡散するつもりは全く無かったようだし・・・・・・」と鬼塚がさらに続けた。

 二人は盗んだウイルスを専用冷凍庫で厳重に保管しており、実際には培養していなかったことがその後の詳しい調査で判明した。また、鳩に注射したのは培養ウイルスではなく生理食塩水であったことも判明したと、鬼塚が説明した。

「でも、支払ったウイルスの身代金の百憶円はどうなったんですか?」お金の行方が気になる赤城が聞いた。

「百憶円は昨日戻ってきた。しかも利子のオマケ付きだ」鬼塚が答えた。

「ネットコインの価格上昇のおかげで、戻ってきた同額のネットコインの価値は、送金した時の一割増しになっていた。つまり、十億円の儲けが出たことになる」と鬼塚が笑いながら続けた。

「さあ、過去の仕事の話はここまでだ。これから新しい仕事だ。すまんが、またMADサイエンス研究所まで行ってくれ。詳しいことはあとで連絡する」

 赤城と黒田の二人は、鬼塚にかされるように局長室から追い出された。

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マッドサイエンス研究所へようこそ(分割版) ~ウロボロスのDNA 水樹詠愁 @super_hideking

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