首相官邸(3) 脅迫状

「もう一度繰り返させてすまないが、星久保村での話を毛利首相に説明してくれ」鬼塚が赤城に促した。

「わかりました。MADサイエンス研究所での出来事を説明いたします」

 赤城は、鬼塚に報告した時のように出来るだけ感情を抑えて、康幸ちゃん誘拐事件の解決手法や、サイエンス研究所が今回のウイルス盗難事件を知ったきっかけを説明した。毛利首相は赤城の説明に時々うなずきながら、聞き入っていた。

「そういうことだったのか。今すぐには納得できないが・・・・・・」毛利首相がうなった。

「今度は私が説明しよう。ウイルス盗難の件で、私に届いた脅迫メールの件はすでに知っているな。セキュリティ保持の関係で、ここに一部だけ印刷してきた。三人で回覧してくれ」と毛利首相が言った。

 メールの内容は、文章ではなく次のような単語の羅列だった。

《鳥 ウイルス 盗難 身代金 五十憶円 ネットコイン 福山大観(たいかん) 辞任 要求 警察 通報 自由》

「この脅迫メールをどう思うか、君たちの忌憚きたんのない意見を聞かせてくれ」と毛利首相が言った。

「ところで、総理。メールにある福山大観というのは、人物名のようですが何者ですか?」と赤城が聞いた。

「福山は、今回の鳥インフルエンザウイルスが奪われた国立ワクチン研究所の所長だ」と鬼塚が説明した。

「犯人には、福山さんへの何か個人的な恨みがあるのでしょうか? それにしては、身代金の額が大きすぎる気がします。また、脅迫状が文章になっていないのも気になりました。外国人が犯人の可能性も考えられます」と赤城が意見を述べた。

「誘拐事件の場合、警察に通報するなというのが定番なのですが、通報も構わないというのが気になりました。私は愉快犯の可能性も否定できないと思います。それから、このような大胆な犯行は複数犯の可能性が高いと思います」と警察出身の黒田も意見を述べた。

「もちろん、この問題は社会への影響が大きいので警察への通報はまだ控えている。この件を知っているのは、ここにいる四人と今は席を外している官房長官だけだ」

「この件を公表すれば、大規模なパニックになる危険性もあるからな」喉から絞りだすような声で毛利首相が言った。

「私は、ネットコインで身代金を要求したことも気になりました。毛利首相のメールアドレスを突き止めた事といい、送金に仮想通貨であるネットコインを指定した事といい、コンピュータのスキルがかなり高い犯人だと思います。また、単語の羅列というのは、文章の癖を悟らせないためだと考えられます」

 赤城が意見を述べ終わったのとほぼ同時に、毛利首相と鬼塚の情報端末にメールが届いたことを知らせる音が鳴った。毛利首相と鬼塚は、情報端末をスーツの内ポケットから取り出してメールの内容を確認した。

「最初の脅迫メールが届いた後に、メールアドレスは変更したはずだが、また脅迫メールが届いたようだ」毛利首相が言った。

「私の方にも全く同じメールが届いたみたいです」と鬼塚が言い、情報端末を赤城と黒田に向けて、そのメールを見せた。

 そのメールには、《五十憶円 明日 十五時 振込 警告 赤 黒 狂 邪魔》と最初のメールと同じように、単語の羅列で書かれていた。

「身代金の締め切りが明日の午後三時までになっています。それから、赤と黒と書いてあるのは我々のことでしょうか?」赤城が鬼塚に聞いた。

「狂はMADマッドのことでしょうか? MADサイエンス研究所のことも、すでに知られているみたいですね」黒田も三人に同意を求めるように言った。

「とにかく、身代金の五十億円は官房長官と私で何とかする。まずは、犯人が辞任を要求している福山所長に会ってきてくれ。犯人につながる何かがわかるかもしれない。頼んだぞ」と毛利首相が赤城と黒田に言った。

「ただし、犯人からの警告もある。くれぐれも気を付けてくれ」鬼塚が注意を促した。

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