首相官邸(1) 毛利首相

 危機管理局に戻ると、鬼塚局長が二人を待ち構えていた。

「まずは、星久保村での概要を聞かせてくれ」と鬼塚が言った。

 赤城は、MADサイエンス研究所でノーベル賞受賞者の白鳥博士と会ったことを含め、研究所での出来事を五分程度で要領よく説明した。鬼塚は、腕組みをして赤城の説明を黙って聞いていた。

にわかかには信じられないことも多いが、MADサイエンス研究所の協力を受けられるのは、ウイルス盗難捜査に有効な手段がない現状では突破口になるかもしれん。このことは、この三人だけの秘密だ。他の局員にも話してはならん」鬼塚が強い口調で念を押した。

「休憩なしで悪いが、これから毛利首相を含めた緊急会議だ。四階の閣議室に行くぞ」鬼塚は言いながら、二人を振り返ることもなく四階に通じるエレベータへと歩き出した。赤城と黒田の二人も無言で鬼塚の後に続いた。

 毛利元康は民自党の総裁で、現在の総理大臣である。康幸ちゃん誘拐事件の当時は、元財務大臣の汚職事件や所属議員のスキャンダルなどで民自党が野党に甘んじていたときで、毛利党首は公私ともに多難な時代であった。ただし、その後の総選挙では、毛利党首の若さや誘拐事件への同情から民自党は大きく票を伸ばし、第一党に返り咲いて歴代最年少の首相にも選出された。

 首相官邸の四階には、政府の意志決定の場である閣議室がある。閣議室は閣議応接室の奥に隣接した閣僚のための会議室で、中央には直径五メートルを超えるマカンバ製の大きな丸テーブルが置かれている。

「閣議室に入るのなんて初めてですよ。何だか緊張しますね」黒田が不安そうに言った。

「緊張してるのは、私も同じよ。でもお願い、少し黙ってて」赤城は、黒田と同様に緊張した自分を鼓舞するように、少し大きな声でたしなめた。閣議室の入口には、首相を警護する二人のセキュリティポリス、通称エスピーが控えていた。

 そのエスピーの一人が、最後尾に控えていた黒田に気付いて言った。

「ひょっとしたら、黒田さんじゃないですか? こんな場所で何してるんですか?」

「何してるって、仕事だよ! 毛利首相に呼ばれてるんだ。君は確か浅草署にいた守田君だよね。風の噂でエスピーになったことは知っていたが、同じ首相官邸に勤めていたとは驚いたなぁ」と黒田が言った。

「私も驚きました。黒田さんが首相と面会するなんて・・・・・・」

 もう一人のエスピーが、「ゴホン」と咳払いをした後で、鬼塚に向かって言った。

「首相が中でお待ちです」

「鬼塚と他二名、入ります」鬼塚が来室を告げて三人が閣議室に入ると、そこには毛利首相が大きな丸テーブルにポツンと一人で座っていた。

「健ちゃん、どこでも好きなところに座ってくれ」毛利首相が鬼塚に向かって言った。

「健ちゃん?」赤城と黒田は怪訝けげんそうな顔をしてお互いの顔を見合わせた。

「しまった。つい、いつもの癖で・・・・・・。すまない、鬼塚」毛利首相が言った。

「――二人にはまだ言ってなかったが、毛利首相と私は大学時代の同級生だ」赤城と黒田の戸惑いを打ち消すように、鬼塚が照れくさそうに言った。

「私は二年遅れて卒業したので卒業年次は違うが、アメフト部でも一緒だった親友でもある」毛利首相が笑いながら言った。

「昔話は、それくらいにしましょう。毛利首相」と鬼塚が言った。

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