プロローグ・終わりと始まりの日(2) 犯人逮捕

 あるじを無くして久しい空き家の内部は、劣化が激しく彼方此方あちこちほころびが目立った。廊下は薄っすらとほこりかぶり、天井からの雨漏りのため、壁には斑点のように黒色のかびが生えている。さらに板間の一部には、シロアリのためか、所々で粉を噴いたように床板が腐食した箇所が見られた。かつての住人には居間として使われていた一階の部屋で、アウトドア用のバッテリ駆動の照明を取り囲んで、三人が小さな声で話している。

「人質のガキは、静かにしてるか?」誘拐犯の一人が聞いた。

「昼間はギャーギャー暴れていたが、さすがに疲れたようだな。今は隣の部屋でぐっすりと寝てるよ」もう一人の誘拐犯が言った。

「小さいくせに度胸の据わったガキだぜ、まったく。一回も泣かなかったしな。しかし、身代金が入れば、このうるさいガキともおサラバだ。清々せいせいするぜ」主犯格の誘拐犯が言った。

「明日の身代金受け渡しの手順は、大丈夫なんだろうな?」

「任せとけ。お前らさえヘマしなかったら楽勝だ」

 その時、裏口の方で「ガサッ」と小さな物音がした。

「いま何か聞こえなかったか?」誘拐犯の一人が聞いた。

「野良猫か何かじゃねぇか? 肝っ玉が小せぇ野郎だなぁ、ビクビクすんな。警察サツの連中も、まさかこんな所にひそんでいるとは思わねえだろう」と主犯格の男が自信ありげに言った。

 次の瞬間、ドタドタドタと大人数の大きな足音が聞こえてきた。足音と共に侵入してきた屈強な男たちは、最初からそこに人質がいることを知っているかのように、誘拐犯たちがいる居間の隣部屋に雪崩なだれ込んできた。暗がりの中でも、暗視ゴーグルなら昼間のようによく見える。強行班の一人が、部屋の隅で寝袋に寝かされていた人質の幼児を発見した。次にその警官は暗がりの中で、幼児の顔と人質の資料として渡されていた顔写真とを照合した。強行班の一人は「間違いない」と確信して本部に連絡した。

「人質確保!」

 その合図をきっかけに、待機していた捜査員たちも裏口から空き家に一斉に突入してきた。捜査員たちは、誘拐犯たちがいると指示された居間を目指して暗闇の中を走った。

 誘拐犯たちが油断していて虚を突かれた事情もあるが、ほとんど抵抗することなく三人の誘拐犯の身柄が拘束された。身柄を拘束された犯人たちは、状況が把握できずに一様にポカンとした表情をしていた。

「被疑者全員、確保しました!」と捜査員の一人が班長に連絡した。

 救出された人質は、手足がビニール製のロープで縛られ、口には布テープが張られていたが、目立った外傷は見られなかった。こんな状況でも、小さな人質は何事もなかったかのように寝息を立ててスヤスヤ寝ていた。この豪胆な幼児は、眠ったまま強行班の一人に抱きかかえられて、少し離れた場所で待機していた救急車まで連れて行かれた。人質の無事救出の知らせは家族にすぐに伝えられ、救出された人質は付き添いの捜査官とともに家族の待つ病院に搬送された。

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