第6話
あの日から一年がたった。あの木の姿はこの一年間見ていない。学年も一つ上がって、心も体も一回り大きくなったであろう僕は自分を鏡で見たときずいぶんたくましくなったと感じた。僕は別にナルシストで言ってる訳じゃない。これは客観的事実に基づいてだ。最近は友だちになんか変わったなと言われたりすることがそれを証明していると思っている。いや、変わっているだろうと信じたい。一年間の僕が今の僕を見ればきっと驚くだろう。髪も服装もしっかりするようにして、見た目も変わっているだろうから。
僕はふと誰も使わないあの裏道で久しぶりに帰ろうと思った。あの木に会えなくなってしばらくの間は落ち込んでいて、会えるという希望を持って毎日通っていたけど、いつからか吹っ切れてあまり気にならなくなった。気分転換がてらにたまに通ることがあるだけだった。
裏道についたとき僕は今までの人生であの木と出会ったときの次に驚いたと思う。僕はまた同じ出会いをした。一年間見ることのなかったあの木が前と同じ場所に何事もなかったかのように立っていた。あの木がそこにある。何度もここに来て探してよく見ていたからここの地形や木々は覚えたけど、こんな木はなかった。この立派で一年前を思い出させる木はあの木しかない。僕はその木に近づいて、初めて意識して話しかける。
「やぁ、また会ったね。久しぶり。もう会えないかと思っていたよ。君は僕に人の気持ちや思い色々なものを見せてくれたね。僕はそのおかげでみんな僕と同じようなことを考えていたり、考え方が違っていたり、多くのことを知れたよ。僕だけじゃなかったんだね。色々な悩みがあったけど今ではあのときの悩みはほとんどなくって、もっと大きな将来の悩みばかりだ。君は僕が変わるキッカケを与えてくれたんだと思う。そのおかげで僕は勇気をもらえたよ。今付き合ってる彼女もできたよ。好きだったあの女の子に告白したんだ。驚いたことに彼女も僕のことが気になっていたらしい。こんな偶然ってあるんだね。だからもうあのときの弱気でどこまでも悲観的な僕じゃないと思うんだ。少しは立派になったと思わないかい?君は僕にかけがえのないものをくれた。僕はもう君の力を借りなくてもいいや。僕はもう一人でも大丈夫。だから、ありがとう」
僕はその木に微笑みを向けて、その場を去ってゆく。そのとき風が僕の背中を押す。桜の花びらが空を舞ってまるで僕の門出を祝ってくれているようだった。
僕は後ろを振り返ることなく行く。その後ろにはもうあの木はなかった。
「さようなら」
僕は不思議な出会いをした。僕はこの経験を誰にも言うことはないだろう。
もし思春木に出会った先輩がいたとしたらその人もこんな気持ちになっていたのだろうか。
思春木 柊 吉野 @milnano
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