第3話

 目が覚めた。今日は普通に学校を行く。裏道を通ってあの木があるかどうかの確認なんてしない。その楽しみは放課後まで取っておこうと思う。今はあの木に夢中だ。心が弾んでいるのが分かる。そんなことを考えていると授業の内容がよく分かる。気持ちの問題なのだろうか楽しみなことがあると集中力が増し、時間の進みが早く感じる。

「キーンコーンカーンコーン」

本日最後の授業の終わりの鐘が鳴る。あっという間だった。明日は学校が休みで一週間に一度の課題をする必要がない、みんなと同じ時間に下校する日だ。大勢の人に流されながら下駄箱で靴を履き、僕は裏道へ向かう。だが誰も裏道へは向かわない。なぜ裏道には人が来ないのか分からない。別に特段不便という訳でもないのに僕はここで人を見かけたことがない。目的の場所に着くと、そこには二日間見てきたあの木があった。今日もあることに僕は安堵した。初めてのときは訳が分からず混乱したけど、二日がたった今は少し慣れたと思う。まだたった二日だけなのかもしれないけど。僕は木に近づいて、そして触れる。すると昨日と同じようにまた頭の中に入ってきた。


 ここはどこかの路地裏だ。僕は通ったことがないけど見たことがある。よく同じ学校の不良たちが集まっている場所だ。そこに数人の集まりがある。その中に見覚えのある人がいる。この人のことは学年も違うからあまり知らないけど印象に残っている。


 僕は入学してから不良の生徒たちとは一切関わることなく過ごしていたけれど、一度だけこの人とは話をしたことがある。学校の自動販売機で僕が飲み物を買おうとしているときにやって来て、僕の後ろに並んだ人だ。僕が自動販売機のボタンを押しても飲み物が出でこなくて困ったのだけど、後ろに怖い人がいたからもういいや、お金は少しもったいないけど仕方がないと思って立ち去ろうとしたとき、その人は声をかけてきた。

「おい、大丈夫か?飲み物出なかったんだろ。たまにあるんだよなここの自販機、金入れてるのに出てこないときがな。そういうときはこうするんだよ」

そう言ってその人が自動販売機を蹴るとボトンと僕が買おうと思っていたものが一本だけ落ちてきた。その人はペットボトルを取って僕に渡してくれた。

「ほらよ」

「ありがとうごさいます」

そう言って僕が去ろうとしたとき彼は僕に向かって言った。

「またこんなことで困ったらそのときもしてやるよ」

僕は頷いてその場を去っていった。あの人は不良の人たちと一緒にいて怖いことには変わらないけど、気さくで良い人だと思った。


 この人とはこんなことがあった。そんな人が目の前にいる。今日も不良仲間と一緒にいるみたいだ。そして笑いながら誰かの愚痴を言っているようだった。

「あいつさ、最近付き合い悪くね。それに最近なんかうぜーし」

「それな」

あの人はその話を相槌を打ったりして聞いてるだけだった。でもそのときに溢れる笑みは作り笑いのように見えるし、あまり楽しんでいる様子ではない。すると彼の思いが伝わってくる。

「こいつらは少し変わってしまったな。以前までなら俺も一緒にいるのが楽しかったのに最近はやりすぎだ。この感じは俺は好きじゃない。以前も似たような雰囲気になって、このグループから一人抜けることがあった。俺はみんなで仲良くして楽しくやりたかったのに俺もみんなにハブられるんじゃないかと思って言い出せなかった。こんな空気になるのなら俺もこのグループから抜けたいけれど、そんなことをすると何をされるか分からないからそう簡単にできない。なんとかしなきゃなと思う。これから考えよう」

僕も思う。気まずくなったときはその人と一緒にいたくなくなったり、表情が取り繕ったようになることだって少なくない。こんなに怖そうな、でも根は優しそうな人で何も悩み事なんてなさそうなのに交友関係のことを考えていたり、困ることだってあるんだ。僕は知らなかった。僕みたいな根暗な人が抱える問題だと思っていたのだけどそうじゃないんだ。僕もできる限りのことをしてみようかな。そういう決断をできるようにならないとな。そんなことを思っていると、意識が薄れてきた。気がつくと僕は地面に寝転んでいた。そこで、もう終わったことに気づく。もう何が起こっているか分かっている僕は振り返ることなく帰る。また一つ知らなかったことを知れた。




 一ヶ月後、僕は学校であの人がいる不良集団を見かけた。以前、あの木を通して見たときは五人だったのにまた六人に戻っていて、みんな楽しそうに笑いながら話をしていた。もうあのどこか暗い雰囲気はない。雰囲気が悪くなっているとき、彼らに何かあったのかと一時期学校で話題になっていた。そしてそれがなくなって以前のように仲良くするようになったときある噂がたった。少し喧嘩もして、揉めたけど僕を自動販売機の場所で助けてくれたあの人が仲立って関係を良好にしたという話だった。あの人は自分の思っていたことをちゃんとやり遂げたのだ。僕も見習わなければならないなと思う。いつできるようになるのかな?

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