第2話

 目が覚めると部屋の中に日光が入ってきていた。いつの間にか寝ていたらしい。昨日はあまり寝れずに少し寝不足かもしれないけど、気持ちはすごく良かった。少し時間がたって頭が冴えてきておかしなことがあった昨日のことを思い出す。あの木にまた会えればいいな、そんなことを思っていつもより軽い足取りで僕は家を出て学校へ向かう。


 朝から誰もいない裏道を通ってみる。この時間に通るの初めてだ。まだ日が昇りきっていないこの時間の裏道は放課後とはまた違った良さを感じられた。だけど昨日あの木があった場所には何もなかった。とても残念だ。今日も会えると思って来たのにそこにいないのだから。先程までの良い気分ではなく、いつもよりも落ち込んだ気持ちで僕は授業に臨んだ。授業はとても長く感じた。あまり内容も頭に入ってこず、なにを考えていたのかもはっきりしなかった。そして放課後になった。僕はいつも学校が終わった後少し居残って次の授業の課題を終わらせてから帰っている。僕は誰もいない教室を出てまた裏道に向かう。もしかすると放課後は会えるかもしれないと微かな期待を胸に持ちながら。


 裏道に入ってすぐに分かった。朝ここに来たときにはなかった、少し重圧な空気感が漂っている。昨日と同じ場所にあの木は静かに佇んでいた。もしかしたらもう会えないのではないかと思っていたから僕はまた見ることができて嬉しかった。そして木に近づいていく。昨日は何が起こったか分からなかった。今日も何が起こるか分からない。とても楽しみにしていたけど、やっぱり少し怖い。深呼吸をし、少し落ち着いた僕は手を伸ばし、ゆっくりとその木に触れた。昨日よりは弱いバチッという感覚を感じながらも僕は意識を保ったままいることが自覚できた。するとスッと何かが頭に流れ込んでくる。


「うるさい!」

誰かの怒鳴り声が聞こえる。少しぼやけていた視界が鮮明になってきた。どうやらここは誰かの家のようだ。ベットや机が置いてある誰かの部屋だ。机に誰かが座って本を読んでいる。僕はこの後ろ姿を見たことがある。よく見ると彼は学校で僕とよく話をする、仲の良い友だちだ。下の階から別の声が聞こえてきた。

「また本読んでるんじゃないでしょうね。見にいったらいつも本読んでるんだから、ちゃんと勉強しなさいよ〜」

「いつもそんなこと言ってくるけど、しつこい!今から始めるって!分かってるからもう何も言わないで。鬱陶しいって、母さん」

いつも温厚で優しい彼がこんなに声を荒げることに驚いた。家でも静かそうだったのに意外だった。彼の気持ちなのだろうか、彼は何も言ってないのになぜか言葉が頭の中に声が入ってくる。

「あぁー、もうイライラするな。いつもあんなこと言わなくてもいいじゃん。分かってるのに。それに勉強しろって言われたら逆にやる気無くなるのに母さんは何も分かってない」

彼の激情が伝わってくる。あぁ僕も分かる。僕も思ってた。お母さんにこれしなさい、あれしなさい、勉強しなさいって言われたら逆に何もしたくなったりする。何も言わないでほっておいてくれたらいいのにいちいち何かを言ってくるのはとても腹が立つ。僕のことを心配してくれているのかもしれないけど、僕はそんなこと求めてない。最近お母さんとの関係がうまくいっていないのは僕だけじゃなかった。よかった。僕以外にも同じことを思ってる人がいるんだ。みんなは親に対してこんな気持ちは持ってなくて僕だけがまだまだ子供だと思っていたのだけど別にそんなことは無いのかもしれない。彼も同じなんだと思うと安心する。そう考えていると視界がぼやけてきた。そして眠たくなったような感覚に襲われて僕は意識を手放した。


 目が覚めると僕はまた地面に横になっていた。今日はすべての記憶がある。見えた映像はあまりはっきりしないけど彼の思いは今でも覚えている。立ち上がって、あの木があった場所を見るが、そこに木はなかった。あの木はこんなことを見せてくれるということを知った。彼に秘密で彼のことを勝手に覗いているのはなんだか悪い気がするけど、僕は彼の思いが知れて嬉しかった。僕だけという孤独感が薄まって心が軽くなった。そうして僕は帰路につく。明日もまた会えるかな。

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