第62話 鎮めど隠せど消し去れはしない

「……ともあれ、これにて各地の異種族たち。とりわけここ多摩の地においてはオニということになりますが……、彼らは打ち滅ぼされることとなりました。しかしこれでめでたしめでたしと話が終わっていたなら、何も俺がこんなところで熱心に話をしているはずがありませんね。それに、近江や花江さんにツノが生えていることもないはずだ。……どういうことだかわかります?」


 「ボス」は細波にこう問いかけられてはじめて、一つ重たい息を吐きだした。じっとりと推し量るように細波を睨みつけているその目は吸い込まれそうなほどに暗い。怒りや憎しみ、あるいは悲しみのような負の感情が混沌と渦巻いているようにも見えるが、「ボス」の腹の底を透かして見ることはほとんど困難であると言って良いだろう。少なくとも私には、「ボス」の内に秘められた想いの断片にすら簡単に触れることが出来ない。

このような硬直した時間がほんの数秒程度流れ、「ボス」はすぐに朗らかな笑みを見せながら答えた。


「君の創作の筋書きを予想するならば……、異種族たちは完全に滅ぼされたわけではなかった、ということになるのかな?」

「アハハ……! さすがに聡明、智慧に優れた『ボス』にしてみれば簡単すぎる問いでしたね。日ごろからペテン出鱈目を駆使して劣悪な宗教よろしく人々を奴隷のように支配しているだけのことはある……アッ、どうも口が悪くなってしまいましてすみません。もっともらしい理屈を並べ立てて思い通りに人を動かしているだけのことはある……これも中々に失礼かな? マア、褒めていると思ってくださいな」


 挑発ともとれるような細波の言動に、「ボス」はともかくとして花江先輩は確実に気を悪くしているようだった。「ボス」の前ではあまり乱雑な態度をとりたくないのか、顔だけはいつにも増していっそうにこにこと淑やかに微笑んでいるのであるが、怒りの熱で沸き立つ蒸気のような気配というか、あるいはその額に僅かに浮き出ている血管から、容易にその苛立ちを察することができた。


 こうしてみるとつくづく花江先輩と私は同類なのだということを実感する。おそらく私も細波やリコ、それにポコを貶されでもしたら、とりあえずそのいけすかない奴の頬にでも一発お見舞いしてやらないと気が済まないだろう。花江先輩にしてみたら恩を感じている「ボス」が貶められたのだ。むしろこれに怒らずして人間と言えようか。……いや、私と花江先輩はそもそも人間なのか? いやいや、例えオニだろうが人間だろうがそんなことは関係ないハズ……。


「キュウ?」とリコが心配そうに腕の中から顔を覗かせた。リコを心配させまいと、雑念を振り払うために気持ち深めにゆっくり呼吸をして、細波の話に耳を傾けることにした。

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