第61話 温もりは主観的で相対的なもの
「そう、何を隠そう『多摩狸異聞録』などというものを遺したのは他でもない、俺の唾棄すべきご先祖なわけなのですがね……」
細波は花江先輩の質問に応じてからそのまま話を続けた。このように全く反論の隙を与えない喋り方は細波のお家芸なのである。とにかくよく喋る。よく舌がまわる。かといって聞き取り辛いわけでもなく、内容がチンプンカンプン、的を射ていないことをだらだらとただまくし立てているだけというわけでもないのが物凄いところである。
「まあ、そうは言ってもなかなか信じてもらえないでしょうが、構いません。ひとまずはペテンやハッタリの類だと思いながら聞いてくださいな。花江さん、そもそもオニが現れたのはいつの時代のことなのかわかります?」
「そんなの、すっごくむかしっていうことしかわからないわぁ……」
突然に問いかけられた花江先輩は多少の動揺を見せながらそう答えた。これについては私も同意見である。史実として正式に残っていない以上、それ以上のことがわかるはずもない。
「そうです。詳しくは俺にも、今となっては誰にもわからないことです。しかし一つだけ確かなのは、純粋なヒトが生まれた後にオニは生まれた、ということなのです。オニに限らず吸血鬼や人魚や妖精なんてのも同様に、いつの間にか。ヒトの前に姿を現し、そしてヒトの存続はこれらの狂暴な異種族たちによって脅かされました。この多摩の土地も例外ではありません」
「…………」
「彼らは皆等しく粗暴で凶悪で乱暴で野蛮でした。力が強く、簡単なことですぐに激高していたそうです。異種族たちはいわば先住民であったヒトを襲い、滅ぼそうとしました。多摩に限らず他の土地でも、ヒトは戦略と数。何より叡智を破ることでそれを退け、逆に異種族を撃ち滅ぼしたのでしょう。今となっては伝説に残るのみである彼らは、そうやっていなくなったのです」
叡智を破るという独特の言い回しに「ボス」が反応し、興味深そうにあご髭をなでつけるのを見て、細波は即座に言葉を足した。本当に、お互いがお互いのことを良く見ている。よくもまあこんなにも些細な変化、微小な違和感を逃さないものだ。じっとしているだけのはずである私までも、余計なことはできないという重圧に押しつぶされそうなほど空気かひりひりと張り詰めているのを感じた。
ふと、震える私の手にリコの手が添えられた。心地良い熱を帯びた手に温められて少し平静を取り戻すことができた。
「……簡単に言うと武器、あるいは兵器と言ってもいいですが。そういうものを使ったということですよ。これは後で話しますが、これらはヒトが、ヒト自身にかけられた縛りを破ることで生み出されたものなのです」
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