第59話 真実はしばしば虚構であるという真理

 細波の言葉に、「ほう」と相槌を打つ「ボス」の表情に変化は無い。……いや、わずかに眉をひきつらせているように見えなくもないが、そもそも「ボス」は普段からあまり表情を見せないので結局のところよくわからない。動揺しているのか、していないのか。平静を装っているだけなのか、本当に心が凪いでいるのか。ポーカーフェイスという言葉がこれほど当てはまるのも珍しいだろう。細波は逆に感情的に、煽るような口調で話を続けた。


 一方で、私は心の中で兜の緒を締め直した。そうだ、これは戦なのだ。騙し合い、馬鹿し合い。相手の情報を引き出し、狙いを割り出し、そして利用する。そういう戦いだ。

 細波は話を続ける直前に私の方をちらりと見た。その目を見ただけで私には細波が何を言わんとしているのかすぐに分かった。この戦の終着点はもはや私には見えず、細波のみぞ知るところとなっている。ならば私は細波が不利にならないよう、交渉の材料を相手に与えないよう振舞うのみである。


 私は静かにリコの方へと身を寄せ、花江先輩にリコが奪われないよう睨みをきかせた。リコは顔を真っ赤にして俯き、なにやらもぞもぞと身悶えている。花江先輩は相変わらずみそ汁の入ったお椀をくるくると回していた。いつまでそうしているつもりなのだと呆れつつも、よく見てみるとさっき見たときとは逆向きに回していることがわかった。


「……ほう。それは何だか、あまり要領を得ない話だね。すまないがもう少し具体的に話してくれないかね?」

「どうもこうも、言ったまんまですよ。聡明なボスらしくもない。何となく分かっているんでしょう? 『多摩タヌキ』の伝説や『多摩狸異聞録』なんて全部なんですよ! ここにいるかわいらしいタヌキ少女をどうこうしたところで、この地を思い通りに操ることなんてできやしないんだ」

「……それが本当ならば、なるほど。僕は大変に衝撃的を受けるべきなのだろう。しかし現に『多摩狸異聞録』は存在しているし、その少女は『多摩タヌキ』と見てまず間違いないだろう。それなのに書物に書かれている伝説の内容だけが間違っているなんてことがどうしてわかる?」


 「ボス」の疑問はもっともなものだったし、すっかり驚いて開いた口がふさがらない私と違い、さらに情報を得ようとする「ボス」にはもはや尊敬の念すら抱くことができた。細波は「それを話すとなると少し長くなりますがねえ」と、言ってにやにや笑っている。「ボス」が渋々その手を二回叩くと、細波は満足そうに頷いた。


 ふと、花江先輩の方を見ると、くるくると手の中で回り続けていたお椀がその回転を止めており、花江先輩もまた私と同じように口をあんぐりと開けたまま固まっていた。私は花江先輩と目を合わせながら、細波の「嘘っぱち」という言葉を反芻していた。


 嘘っぱち……。嘘っぱち……。嘘っぱち……。

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