第57話 悩みよそ見のタネは消え果て
「……近江……。お前はこれからどうするつもりだ?」
細波のその質問は、私を悩みのどん底に突き落としたものであり、それ故にぎくりとさせられた。……でも今度は俯くことも、細波から目を逸らすこともない。そんな必要はさらさらないのだ。
「一つだけ教えて欲しい」
「……言ってみろ」
「もしこのまま何もしないでいると、リコはどうなる?」
私がこう尋ねてみると、細波は獲物を追い込んだ蛇の如く、にやりと口角を上げた。さらに顎に手を置いて少し考える素振りを見せてから答える。
「どうなるかと聞かれたら、それは分からない。ただ碌なことにならないことは確かだな。人間を滅ぼす過程で殺されるか、はたまた『多摩タヌキ』の強大な力に耐えかねて命を落とすか。よしんば上手いこと人間を滅ぼせたとして、リコにも人間の血が通っている以上最終的に無事では済まない」
「……ならば私のすることは一つしかないだろう」
ゆっくりと、力強くそう言葉にする。自分でも驚いてしまうくらい冷静に、これからやろうとしていることを口にした。その内容は無謀で無意味なものかもしれないが、成し遂げなければならないことなのだ。
「リコを守る。いくら大義や正義があろうが、そんなヘンテコな筋書きにリコが巻き込まれて良い道理はない」
「できると思うか?」
細波がわざとらしくそう尋ねた。私が「できる」と言うと、細波は愉快そうにケラケラと笑った。
「お前は昔からそうなんだ。世のためよりも人のため。それをお前は平凡だと言うが、自分のウン倍他人を気遣うお前に俺の心は動かされた。災難に怯えながら、危険から遠ざかりながら、しかし結局それらを見過ごせない。要するに、良いヤツ……」
「やめろやめろ! こっ恥ずかしい!」
「キュウキュウ!」
いつの間にか目を覚ましたリコは、私と一緒に細波へ抗議しているようであった。背中で暴れるリコに対して細波は「ああ、嫌われたもんだ。ハハハ……」と、にやにや笑っていた。それを見てなんだか可笑しくなってきたので、細波と顔を合わせて私も笑った。
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