第51話 昔むかしの昔ばなし(3)

 もうずっと長いことポコの話を聞いている気がするし、逆にぜんぜん時間が経っていないようにも思える。それはこの不思議な空間のせいであるかもしれないけれど、それ以前に結局のところ時間なんて主観でしか感じられないものなのだ。つまらない時間は過ぎ去るのが遅いし、有意義な時間もまたそれと同じだろう。

 ひんやりとした地面の硬い感触を感じながら、ポコの話に耳を傾けた。


「水害や土砂崩れなんかを起こしてもヒトがその数を大して減らさなくなった頃に、ある一人のヒトがこの場所を訪れた。と言うよりも、招きいれたんだ。『多摩タヌキ』がな。とんでもないことだ。例外中の例外さ。ある意味『多摩タヌキ』はヒトという種族を動物の上位種として認めたことになる


 そのヒトはたいへんに賢かった。さっきは事件と言ったが、あくまで平和的な『交渉』だ。それもずいぶんへりくだった内容のな。具体的には、『多摩タヌキ』の叡智えいちを求めたんだ。叡智っていうのは、ええと、ざっくり言うぞ? ——どの程度ヒトは繁栄して良いのかってことだ。この土地の生態系のバランスだな。それを教えてもらえれば、むやみにそのバランスを崩すようなことはしないと、こういうことだった。その後どんなやり取りがなされた課はわかってねえが、『多摩タヌキ』がこれを受け入れたことは確かだ。


 そして、この出来事以降に生まれた『器』はタヌキとヒトのハイブリッドになったってわけだ。人化のタヌキで多摩タヌキなんて言っちゃいたが、リコは別に化けているわけじゃねえんだ」


 なんとなく、わかったような、わからないような。なにせ突飛な話だった。昔の賢人の行いが今自分に降りかかっている出来事に関わっているのだという実感が湧くにはまだ多少の時間を要するようだ。私は何となしにポコに頭を下げ、「よくわかった。ありがとう」と、お礼を言った。その後で顔を上げ、そして尋ねた。


「どうしていきなりそんな話をしたんだ?」

「それはな」と、私のものでもポコのものでもない声が突然聞こえた。それは聞きなれない声であり、また私のことを最も悩ませている声でもあった。


 リコが——いや、「彼女が」——「多摩タヌキ」がリコの姿を借りて、いつの間にか私の後ろの大木の、太い太い枝の上に腰掛けていた。


「それはな、わしが頼んだからだよ。オウミ、お主と話してみたくなってのう」

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