第41話 語るは真実、心の内側?

「多摩タヌキの伝説。キミが知っているであろうこの伝説のことをボクと『ボス』は高校生だったときから知っていた。当時は単なるうわさ話だと思っていたけれどね。人に化けるタヌキ、文字通り多摩が変わってしまうほどの力、さらにはオニの存在。信じろっていう方が無理な話だろう? これでも一応、科学者なもんでさ」


 ドクター・ニコルは同意を求めるようにちらとこちらを見て、そのまま話を続けた。


「ところがだ。大学に進学してから調べてみると、伝説を裏付ける根拠となるものがわんさか湧いて出て来た。『多摩狸異聞録』や昨日の地下研究施設。最近だとキミもその一つだし、花江クンの額に生えているツノだってそれまでは見たこともなかったけれど確かに在るようだ。決定的なのは多摩タヌキ自体が既に存在していたということだよ。人の姿をしていながら、その言動は獣そのもの。……今もこの状況でのんきに寝息をたてているしさ」


 無意識にリコがあむあむと口元を綻ばせた。

 ドクター・ニコルはさらに続ける。


「伝説が真実味を帯びてきて、一番変わってしまったのは『ボス』だった。思い返してみれば高校時代から、彼はボクよりも多摩タヌキについて希望を抱いているようだった。それもそうさ。彼は花江クンというオニを知っていたんだから。オニがいるなら人の姿をしたタヌキがいても、伝説があってもおかしくないと考えるのはそれほど変な話じゃない」


「ボクは彼の暴走を止めたいのさ。多摩を百合で支配するなんて馬鹿な夢を追いかける姿をこれ以上見ていたくないんだ。近江クンに協力してもらえれば、彼の目論見を破ることができる」


 ドクター・ニコルはここではじめて言葉をつまらせた。奇妙なことだが、彼がこのとき垣間見せた人間味を私はすこぶる愛おしく感じた。『ボス』に対してドクター・ニコルが抱いていた友情の全てを知ることは叶わないが、どうしてもこの二人の関係を私と細波に置き換えて考えてしまうのだ。

 親友が多摩タヌキとかいうヘンテコな伝説に踊らされている姿を見ているのは一体どんな心持ちなのだろうか。そう考えたら、ドクター・ニコルの心中を慮らずにはいられなかった。


「ボクと手を組んで欲しい。これは命令でも提案でもなく、お願いさ」


 ドクター・ニコルのその真っすぐな言葉は、今までに聞いたどの言葉よりも信じるに値するものであった。

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