第21話 親友の屍を越えてゆこう!

 非情で非道な策略にはまり、事態はまたもや厄介な局面を迎えようとしている。

 

 多摩が滅びる寸前でないだけまだ良いかもしれないが、私の迷惑感的にはどちらもさして変わらない、と思ってしまうのは実際に多摩が滅びてはいないからだろうか。


 花江先輩が怒気を抑え込みながらゆっくり座り込むと、少年は満足そうに、二、三頷いた。


「そうそう! 良い子にしてくれれば危害を加える気はないよ!」


 細波がこの場にいたらどうするだろう。自然とそんなことが頭をよぎった。というのも、私は知り合ってから今まで、土壇場では細波を頼りにしてきたからだ。


 缶蹴りをしていて蹴飛ばした缶が強面のおっさんの禿げ頭に命中したときも、細波の六股のうち、三股の分を濡れ衣として着せられたときも、角を立てないように立ち回って相手の怒りを鎮め、どうにかこうにか始末をつけてくれたのは他ならぬ細波という男であった。


 細波ならどうするか——細波になったつもりで、というのが気分の悪くなることであるのは間違いないのだが、背に腹は代えられない。やってみると意外と、心外ながらこれが上手くいき、ある一つの疑問が浮かんだ。


 もしや、私には花江先輩のように危害を加えられて困るような人質はいないのではないか。


 そう思ったときには身体は既に動いていた。私は勢いよく立ち上がったが、それに面食らったのは尻尾を逆立てて耳をたたみ、小さく丸まっていたリコのみである。


「おやおや、今度はキミかい。逃げようとしたらお友達の命が危ないってことがわからないのかな?」少年が白衣の袖で口元を隠しながらクックと笑った。


「そのことなんだが」


 私を見上げるリコのあつい視線を感じながら、私は続ける。


「私は細波がどうなろうと一向にかまわん」

「……へえ。そりゃまた、よくもまあ決心したものだね」ぴくりと少年の目が鋭くなった。

「……きっと逆の立場でも、細波は私と同じことを言っただろう」


 本当はロクに迷って決心したわけでは無いのだが、敢えてここは空気感に合わせて、意味深に言葉を溜めて答えてみた。重大な局面こそ余裕を持ってことに臨むのが大事だと、これも細波がよく言っていたことだ。


「ついでにこいつも同じく、人質は意味ないぞ」私はリコを指で指して言った。


 実際どうかは知らないが、相手より精神的に優位になるためにはハッタリも重要である。


「ば、馬鹿なことを!」焦る少年に、私はさらに追い打ちをかけにいく。


「さあ少年、私たちだけでも解放してもらおうか! さもないと、如何にこの対格差でも容赦なく放り投げてくれるぞ!」


 私は意気揚々と、声を張った。否。正確には、花江先輩に。背中の服をものすごい力で引っ張られて、ほとんど椅子に落下した私を花江先輩が優しく睨みつける。


「近江くん。勝手なことしないでねぇ?」

「ごめんなさい……」


 その声があまりに恐ろしかったので半べそをかきながら謝ると、その横で「キュウ……」と、呆れ声が漏れた。

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