第19話 見かけ通りのものなどいくつも無い

  ◆


「いやあ! 手荒なことをしてゴメンよ! ボクの使える手立ての中では一番手っ取り早くてかつ穏便に済むものである催眠ガスを使ったということで、許してもらいたいものだね!」


 連れ去られた先で、私とリコとそして花江先輩の三人は意外にも丁重なもてなしを受けていた。白基調の部屋で、床には分厚い本が雑多に散らばっている。

 

  壁一面に棚があり、そこにも大量の分厚い本がこちらは几帳面に並べられていたが、それよりも目を引くのは瓶漬けにされた禍々しい蟲や目玉。所どころ欠けているのが不気味である髑髏、そして大量に並べられている、薬品瓶と思わしき無機質な小瓶の数々であった。


 他に家具らしい家具は無く、人数分の紅茶が並べられたテーブルと私たちが座っている椅子、あとは私たちが寝かせられていたベッドがあるばかりであった。


 目の前で私たちに謝罪とも言えないような謝罪を述べているのが、この部屋に似つかわしくないくらいの小ぢんまりとした少女であったのが、よりこの部屋の異質さを際立たせているように思えた。さらにぶかぶかの白衣を纏ったその幼けな少女が「催眠ガス」などと物騒な言葉を口にしたものだから、私の頭の中はたちまち混乱を極めてしまった。


「ふうん。どうしてそんなことをしたのぉ?」


 花江先輩が朗らかに尋ねた。手元を見ると、紅茶はとっくに飲み干されている。


 さすがにこんな得体の知れない場所で誰ともわからぬ者に振舞われた紅茶に口をつけるのには抵抗があったのだが、試しに一口だけ飲んでみるとたちまちダージリンの豊潤な香りが鼻を抜け、私は少しだけ落ち着くことができた。


「うん、実はね! 先日、こんなものを読んだんだ!」


 少女はそう言うと、床に散らばっている本の中から古びたものを一つ取り出した。その表紙には『多摩狸異聞録』と書いてある。


「ここにはね、この地に伝わる世にも不思議な話が綴られているのさ! 人化のタヌキ、額に角を生やした人間、実に興味深いとは思わないかい!」


 少女の声に段々と熱が帯びてくる。


「ボクだってはじめは迷信だと思っていたさ! しかしほら、キミたちは正にここに書いてある通りの存在じゃないか! こんなにロマンのあることはないだろう!」


 涎をだらだらと垂らしながら少女は続けた。


「よければね、キミたちを研究させてもらいたいのさ。悪いようにはしないから!」


 私はもちろんのこと、花江先輩もどうして連れ去られたのかを理解できたようであった。リコだけが未だ「キュウ?」と、不思議そうに首を傾げている。


「悪いけどぉ。あたし、色々と探られるのって嫌いなのよねぇ」


 花江先輩は穏やかな口調で返した。しかしその口調とは裏腹に、テーブルの下で花江先輩が苛立たしそうに足をゆすっているので私はぎょっとした。


 あどけなく目を輝かせていた少女——否、少年はわかりやすく肩を落とした。

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