第2話 テニスサークルはモテる?

 大学に入学を果たした新入生たちがまずやるべきこと。それは何と言ってもサークル選びだろう。


 どのサークルに入るかという選択によってその後の大学生活は一変し、それどころかそこで得た人脈、交友は人生を大きく左右すると言っても過言ではない。


 広々とした構内を大量のスーツ姿の新入生たちがぞろぞろと蠢く様はまさに圧巻の一言に尽きる。上空から写真でも撮ったなら地面が赤色のレンガであることなどわかりやしないだろう。


 新入生たちは皆当てもなくさまよっているようでいて実はそうではなく、かといって明確な目的地がある訳でもない。


「映画に興味ないですかー」

「ラクロス楽しいですよ!」

「とりあえずうちのサークルのところに遊びにおいでー」

「てかさ、連絡先教えてよ」


 そこかしこで新入生狩りならぬ新入生勧誘が行われている。そして勧誘される側は決まってスーツを着ている。「スーツを着てぶらぶらと歩いている」ことこそ新入生であることの証明であり、またそれを証明するために新入生は歩くことになる。


 私もまたそんな風にぶらぶらしていた内の一人だった。必然、様々なサークルから勧誘を受けることになる。野球、文芸、バスケット——しかし私はそんな勧誘を全て跳ねのけて進んで行った。正確には、サークル宣伝のチラシだけもらって詳しい話を聞くことはしなかった。


 大学サークルの中でも特に、大空を駆け回る鷹や隼のようなハンターが集まる場所でないと意味は無い。勧誘に応じるのはそこしかないと既に心に決めて歩いていたのだ。


 鷹や隼の巣くうのはテニスサークルのことであることは自明である。


 テニスサークルに入れば女の子にちやほやされる。というのは私の唯一の親友曰く「あまりにも当然のこと」であるらしい。


 同じ高校から共にこの多摩へ上京してきたこの親友——細波という男は恐ろしく頭が悪い。端的に言えば馬鹿であった。テストではぎりぎり落第点を下回っていつも補習。いつも何かしら手遊びをしており、本や教科書の類を読んでいるところは見たことがない。


 そんな具合で、細波と同じ大学であるなんて恥ずべきことだ! と周囲に蔑まれるくらいには馬鹿であったこの男は、どういうわけか女の子とねんごろになることについてだけは比類なき明晰な知識と判断力を持っていて、同級生や先輩、果ては後輩に至るまで次々と篭絡していった。


 もっと簡潔に述べるならば、細波はモテていた。


「馬鹿な方が女の子にはモテるんだよ」と語る細波の横顔はあまりにも凛々しく、当時の私には「それなら俺はモテたくなんかないね!」と強がることしかできなかった。


 そんな細波が「女の子にちやほやされたいならばテニスサークルに入れ」と言うのだからまず間違いないというのは、理屈云々を抜きにして十分信じるに値するだろう。


 勉強もスポーツも人並みで芸術のセンスも無く、成し遂げたい野望や未来への展望などはとんと持ち合わせていない自分でも、テニスサークルに入れば何かを変えられるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱いたまま歩いているとついに念願のテニスサークルから勧誘を受け、私はすぐさまそれに応じた。


かくして私は期待で膨らんだ巨大風船を頼りに地面から足を離し、大空へ向かってぷかぷかと浮きはじめたのである。


軽率な判断は我が身を滅ぼすことになるのだと思い知ったときには、もはや何もかも手遅れだった。

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