刑務所で繋がる縁⑨
「ッ・・・! は、林部さん! 林部さん! ッ、零真のお父さん!」
零真の父の身体を支えると、二年前母親の身体を支えた時のような重さを感じた。 身体を揺すぶるとかろうじて目を開ける。 明らかに目に力がない。
手から感じる生温かい感触が、取り返しのつかない事態だと認識させる。
「泰牙、くん・・・。 零真のこと、頼んだよ・・・」
「そんなッ・・・! だ、駄目です! 零真だけを残しちゃ! お父さん、零真のお父さん!」
零真の父が目を瞑り動かなくなっても、泰牙は身体を揺らし大きな声で呼び続けた。 それでも誰かが近付いてくる足音が聞こえれば、泰牙も身構えざるを得ない。
固く零真の父を抱き締め、近くに来た人物を見上げた。
「親子揃って悪事に手を染め、身を滅ぼした。 ただそれだけのことだ」
父親の他人事のような言葉を、泰牙は許せなかった。
「ふざけるな! 誰が誰のために、お前の下で悪事を働かされていたと思っているんだ!」
父はもう一度泰牙に銃を向ける。 泰牙はゆっくりと零真の父を床に寝かせ対峙した。
「もう一度だけ言う。 これでお前に協力する者はいなくなった。 この先、父さんと母さんの言うことを聞いて真面目に生きなさい」
「何が真面目に生きるだ! 言っておくが、今父さんがしたことは全て防犯カメラに」
「防犯カメラは全て止まっていたぞ」
「ッ・・・」
―――そうだった・・・!
父は零真の父を顎で指す。
「従わなければ、同じ運命を辿る。 どうする? それでもこちらへは来ないというのか?」
「・・・あぁ、行かない。 自分の子供に、銃なんて物騒なものを向ける男を信じられるか!」
「今更だがな・・・」
父は肩を窄めてみせると、銃を捨て今度はナイフを取り出した。 それを見た泰牙は横たわっている林部からナイフを借りる。 そのまま対抗するように父に切っ先を向けた。
「そう言えば、お前とはまともに親子喧嘩をしたことがなかったな」
「何が親子喧嘩だ!」
ナイフとナイフの親子喧嘩。 そのようなことをしている家族がいたら、全員まともではないだろう。 泰牙は自身の境遇の異常さを理解していたが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
「・・・ッ!?」
父は躊躇いもせずナイフを持ったまま距離を詰めてくる。 それを間一髪のところで避けられたのは、運がよかったからなのだろう。
―――速ッ・・・!
―――父さん、こういう戦闘には慣れているのか。
「ボ、ボス!」
スーツの男たちは、どうしたらいいのか決めかねているようだ。
「手出しは無用だ。 これは親子の問題だからな」
しばらく二人での決闘が続いた。 泰牙からも攻めたいが、父の動きが早過ぎて避けるだけで精一杯。 何とか耐えていたが、ついに泰牙は追い詰められてしまう。
冷たいナイフの刃が泰牙の首元まで迫った。
「・・・俺の負けだ。 殺したいなら殺せばいい」
「・・・」
「何だよ、殺さないのか? 早くしないと、もうじき警察がここへ来るぞ」
「あぁ、知ってる」
「は・・・? ならどうして俺を殺さないんだ」
「これも全て、お前たちのためだからだ」
父はそう言ってナイフを懐にしまった。 泰牙は状況が全く理解できず、立ち尽くすしかない。
「? 何を言って・・・」
「お前は、俺たちの家は元々貧乏だったということを知らないだろ」
「・・・」
「それでも子供がほしくて、お前たち二人を産んだんだ。 産んでから、たくさん稼げばいいと思っていたからな」
「じゃあどうして真面目に稼がなかったんだ」
「泰牙を産んだ時、母さんの身体に治らない病が見つかったんだよ」
「ッ・・・!?」
母親の病なんて、これまで全く知らなかったし気が付かなかった。 だが二年前、母親を殴り倒した時、簡単に意識を失ってしまったのはそれが理由だったのかもしれない。
母親は表情一つ返ず泰牙を見つめていた。
「あれから母さんは体力がなくなり、共働きができなくなった。 これだと子供を育てられないと思った俺たちは、最終的に裏社会に手を出そうと決めたんだ」
「そんな・・・」
「母さんはもうじき亡くなるだろう。 そして私も死ぬ。 私は他の裏社会の者に目を付けられているからな。 人数的に、こちらが勝つのは無理だ。 私の人生も、残り長くはない」
泰牙が警察に捕まったあの日、家に一人の男が来ていた。 あの時から既に父の身元はバレていたらしい。
「じゃあ、俺はこれからどうしたら」
「貴方ッ!」
急に叫んだ母が見た先では、警察がぞろぞろと事務所内へ入ってきた。
「・・・時間切れ、か。 泰牙。 残りの人生、好きなように生きろ」
「ッ・・・」
そう言って父は観念したように手を挙げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます