刑務所で繋がる縁⑦
信じられないことだが、どうやら彼は零真の父親のようだ。 今自分が話さなかった零真の情報をこの男は持っていた。
それも組織の人間が知っているようなこととは別の、零真からすれば恥ずかしいような内容だったため本当なのだろう。
一年前彼はこのままでは母親の医療費を払い切れないと思い、悪事に手を染めてでも金を得ようと考えた。 もちろんそれを息子である零真に知られたくない。 そう思った彼は一人黙って家を出た。
その事情を知らない零真は、父親に捨てられたと思い込んでしまったようだ。 零真の父は街で、というより奇しくも一ノ瀬駅で零真のように一人の男から勧誘を受けた。
勧誘は貧乏で余裕がなさそうな人間に優先的に声をかけているらしい。 それから半年後、父は心を悪魔に売りながら溜めた金を母の口座へ送った。
それは聞けば驚くような纏まった額だというが、母親は寝たきり状態でそれを確認できないために誰にも知られていない。
治療費さえ工面できれば母親は治る、にもかかわらず亡くなってしまったということが何よりの証拠だろう。
「ぐぞぉ・・・何でだよ・・・。 俺は一体何のためにこんなことを・・・。 アイツも、零真も、結局俺がしたことは何の意味もないじゃないか・・・」
全てを吐き出した零真の父親はまるで子供のように泣いていた。 それは零真が刑務所で泣いていた時に何となく重なる。
「零真の、お父さんだったんですね・・・」
「全て、駄目になっちまった・・・」
「・・・」
泣いているのが収まるのを泰牙はただ待つことしかできなかった。 だが思うことがあるとすれば、全てが駄目になったと考えるのはまだ早いということ。 零真は今も刑務所にいるのだから。
零真の父親は落ち着きを取り戻すと、静かに泰牙を見つめた。 それは先程までの死んだ魚のような目ではなかった。
「なぁ、君の名前は何て言うんだ?」
「泰牙って言います」
「泰牙くん。 ・・・俺も、君に協力してもいいかな?」
「協力?」
「あぁ。 俺はもう自分の人生は諦めたから構わないけど、零真を刑務所送りにしたことは許せないから」
泰牙はこの目の前にいる男も、結局零真と同じ理由でこの組織に身を落とした被害者であると感じた。 その違いは捕まったか、捕まらなかったかというだけ。
悪人とは到底思えず、了承し、ある提案をした。
「・・・では、事務所の場所を俺に教えてくれますか?」
「いいだろう、俺も行く」
零真の父が仲間になった。 近場の駅から電車に乗って移動し、目的地の事務所へ着いた。 重そうな扉の隣にある暗証番号を、零真の父は打ち始める。
流石に打っている数字までは見えないが、音的に16桁はあるようだ。
「多いですね、数字」
「あぁ、そうだね。 最初は憶えるのに苦労したよ。 泰牙くんはちょっとここで待っていてくれる?」
それに頷き入り口で待っていると、しばらくして零真の父が一つの帽子を持って戻ってきた。 その帽子を泰牙に深く被せた。
「今から防犯カメラのスイッチを切ってくる。 念のため、顔を見られないようにね。 あとこれ。 俺が防犯カメラを操作している間、この携帯で警察を呼んでおいてくれるかな?」
「分かりました」
ここからは別行動になった。 零真父から携帯を受け取ると早速警察に連絡をした。 簡単に用件を伝え、自分が誰かは言わずに切った。
それで信じてくれるかは正直分からなかったが、完全に無視されるわけもないとだけ考え、ゆっくりと事務所へ足を踏み入れる。
奥の方へ進むとまるで倉庫のような大量の棚がある場所を発見した。
「これは・・・?」
「白い粉、って言ったら分かるかな。 ここで全て、そういうクスリを取り扱っているんだ」
「へぇ・・・」
想像以上の麻薬があったため泰牙は驚かざるを得なかった。 事務所も大きく親の組織はかなり大きなものだと知った。
「警察はもう呼んでくれた?」
「はい、呼びました。 携帯をお返しします」
「ありがとう。 警察を呼んだら、もう俺たちの役目は終わりだね」
「・・・」
「どうしたの?」
「親が捕まったら、俺はこれからどうなるのかなって」
「泰牙くんは、まだ学生さん?」
「はい。 年齢的には今高校三年生です」
「年齢的には?」
「あぁ、言っていませんでしたっけ。 俺、今日出所したばかりなんですよ」
「!?」
驚く零真の父に事情を全て話すことにした。 もうここまで来れば一蓮托生とも言っていいと思ったのだ。
「流石に二つ年下の子たちと勉強は気まずいと思うんですよ。 俺には姉さんがいるんで、高校を辞めて働いて、姉さんを支えようと思っています。 いや、もうそれしか選択肢はないですかね」
「・・・」
「大丈夫ですか?」
「いや・・・。 色々情報が混乱して、ね。 だから泰牙くんは、零真にあんなに詳しかったのか」
「はい。 半年間、同房だったので」
「零真はよく泣く子だ。 一緒にいて、大変じゃなかったかい?」
「最初は確かに大変でした。 泣き虫を超す程の泣き虫で、全然泣き止まなくて。 でも今では、その泣き声が聞こえないと逆に落ち着かなくなってしまいましたよ」
二人で零真の話をしていると、外から足音が聞こえた。 それは明らかに自分たちを探している。
「ッ、誰か来たんですかね」
「警察か?」
二人は念のために構える。 外から事務所内へ入ってきたのは、警察ではなく先程山で見たのと同様のスーツ姿の男たちだった。
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