刑務所で繋がる縁⑥
泰牙は走って逃げているのだが、正直どこにいるのか全く分からない。 ただ看板に書かれている地名から見るにそう遠くではなかった。 眠っている間、時間は大して経っていなかったのだろう。
―――これからどうしよう。
―――このまま山を下りて、警察へ行くか?
―――でも家には何の証拠もない。
―――さっき行ったあのアジトも、もうとっくに片付けられているだろう。
―――何も証拠はないけど、証言だけでいけるか・・・?
考えている途中で足が止まった。 山のふもとには、複数のスーツを着た男たちがチラホラと見えたのだ。
普段ならあまり気にならないところだが、先程父が着ていたのと同じ形状だったことから咄嗟に隠れる。
―――もしかして、俺を探している・・・?
―――俺を捕まえるよう指示したのか。
おそらく隠れていなければ見つかっていた。 機転が利いたことに安堵し少しだけ山へ戻る。 どうにかして街へ戻ろうと試行錯誤している途中で、熊と遭遇した。
「おいおいおい、運が悪いなんてもんじゃないだろ・・・」
山の奥深くならともかく、まだ道路もあるというのに人生初の野生の熊との出会い。 じりじりと距離を取ってはいるのだが、いつスーツの男たちがここへやってくるのか分からない。
だがどちらが危険かというと、間違いなく熊だ。
―――下にいる男たちに見つかったら駄目だとか、考えている暇はないぞ!
だがその時、強烈な破裂音が辺りに響き渡った。
―――銃声!?
運動会で聞くスタートの合図など非でない程の音。 思わず全身が硬直したが、それのおかげか熊は山へと逃げていった。
―――助かった・・・。
荒い呼吸を繰り返しながら安堵していると、近くから警告を受けた。
「動くな」
「ッ・・・」
“鉄砲を撃ったのは猟師か何かだったのだろう” と思っていたのだが、どうやら違ったようである。
―――俺を助けに来てくれた人じゃなくて、俺を捕まえにきた奴だったのか・・・!
スーツを着た一人の男は震える手で鉄砲を握りこちらを見据えている。 どこか気弱そうな感じがしたが、拳銃を向けられているため下手に抵抗はできない。 泰牙は大人しく両手を上げる。
「・・・安心しろ。 これは音が鳴るだけで本物の拳銃ではない」
そう言って拳銃をしまうと同時にポケットから小型のナイフを取り出した。 今度はそれを向けてくる。
「『俺を殺せ』っていう命令でも、下されたんですか?」
「・・・」
男は見て分かるレベルで動揺した。 下っ端なのか先程の時と同様、熊を逃がすために大きな音を鳴らしたりと、小心な雰囲気を感じる。 泰牙はそれを弱点と見て、畳みかけてみることにした。
「俺は、貴方たちの組織の元締の、その息子ですよ」
「はッ・・・?」
「俺を傷付けたらどうなるんでしょうね」
「・・・それは嘘だ。 誰が信じるか」
自分を捕まえるような指示は出ているが、自分が誰かまでは知らなかったと分かる。 簡単に情報を渡してくれるやりやすい相手だ。
「傷付けた後、DNA鑑定でもしてみてくださいよ。 俺の言った通りの結果になると思いますから」
「・・・」
複雑そうな顔しながらも渋々とナイフを下ろす。
「・・・貴方は、こんな人生を良しと思っているんですか?」
「俺にも色々と事情があるんだよ」
「半年前、貴方たちが雇っていた一人の未成年が捕まりましたよね」
「俺はその担当ではないから詳しくはないが、確かにそのようなことはあったな」
零真の話は“情に訴えかけるに丁度いい”と思って話したのだが、それを知っているならやりやすい。
「・・・その子、今は高校一年生なんです。 貴方たちの下で働き出した理由は、寝たきりの母親を助けたいからだった」
「・・・ッ!?」
泰牙の言葉に男は明らかに反応した。
「その子は今刑務所にいて、もう母親には会えない。 おかしいと思いませんか? どうしてその子だけ捕まって、一人苦しんでいるんですか。
金儲けの道具に使われて、彼が苦しんでいる裏で貴方たちはヘラヘラ笑って美味しい汁を啜っているだなんて、そんなの許せません」
「その子の父親は、今・・・?」
「失踪中みたいですよ。 『家が貧乏だから、出て行くのも仕方がない』って言っていました。 彼は優しい人です。 母親を助けたい一心で、貴方たちの仕事を手伝った。 だけどこのザマはなんですか! もう彼からは何も奪わないでください。 母親も亡くなって、人生も終わったようなもんなんです」
泰牙は泣くのを堪えているためかずっと声が震えていた。 徐々に感情的になっていき、その想いをぶつける。
「どうして・・・ッ! どうして零真だけが、あんな酷い目に遭わないといけないんだ! おかしいだろ!? もうお前らが全ての責任を取れよ。
アンタも組織の一人で事情があるっていうなら、零真の気持ちも分かるはずだろ!? もしアンタが零真と同じ立場だったらどうしていたんだ!
悔しくて、自分だけ捕まるのなんて不公平だから、他の人の名前を言って全員を巻き込んでいたんだろ!? 零真はそれすらもできないんだよ! 誰一人の名前も教えられていないからな!!」
「零、真・・・」
「そうだよ。 零真は今も一人、刑務所で泣いているに決まっている」
「おい・・・。 アンタ、零真の母親が死んだって、本当か?」
「・・・嘘を言ってどうすんだよ」
泰牙は自分が涙していることに気付き目を擦ったところ、同時に、男も何故か泣いていることに気付く。 情が厚いのは分かったが『どうしてお前が泣くんだよ』と言いたかった。
だがそれも、男が静かに話し始めた内容を聞いて納得することができた。
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