刑務所で繋がる縁⑤




泰牙は現状逃げられないことを悟った。 今一ノ瀬駅付近に自分がいるということも、両親がここにいるということも、非常にマズい。 ただ手の内が分からない。 

男が持っていた催眠スプレーを置いてきてしまったことを、歩きながら後悔していた。


「捜したぞ、泰牙。 出所おめでとう。 さぁ、早く帰ろう」

「え、帰るってどこへ?」

「家に決まっているじゃない。 お姉ちゃんも待っているから、さぁ早く」

「どうして俺のいるところが分かった?」


父も母も相変わらず笑顔だが、まるでお面を張り付けたように感じられる。


「ずっと捜していたさ。 刑務所へ迎えに行ったら『もう帰りました』って言うからさ。 刑務所から家までの道のりを辿ろうと思って、ゆっくり車を走らせていたら丁度お前を見つけたんだ」

「・・・」


それは嘘だと思った。 一ノ瀬駅は、たまたまで来るような場所ではない。


―――ビルのカメラに反応して来たとすると、ここまで早く来れるはずがない・・・。

―――ということは・・・駅も監視しているな?


ざっと見た感じ何もなかったが、あくまでそれは見えるような場所に仕掛けていないだけだろう。 ビルへ入る時、カメラを警戒して顔を隠してはいたが、駅では無防備だった。 

両親は車まで泰牙を連れて歩きドアを開ける。


「泰牙、早く乗れ。 人が多いから、ここに止めていると邪魔になる」


本当は逃げたかったが、どう考えても無理だ。 だがこのまま車に乗ったら何が起きるのか分からない。 そう思ってごねようとしたのだが、上から振り下ろされた両手の拳に泰牙の意識は刈り取られた。



―――頭、痛ッ・・・。


目覚めると車の後部座席に座っていた。 どうやらあのまま車に乗せられてしまったようだ。


「起きたのね、泰牙。 ごめんなさい、殴ってしまって。 もちろん二年前のことを恨んでいるわけではないから、それは安心してね」

「・・・」


かなりの力だったように思えるが、殴ったのは母だと分かった。


「刑務所での生活はどうだった?」


母はニコニコしていてそれが不気味だ。 黙っていることも考えたが、とりあえず答えることにした。


「物凄く退屈だったよ。 好きなことや為になることが何もできない。 中にいた二年間、人生を無駄にした気分だ。 ・・・それより、頭の傷は?」

「もう完治したから大丈夫よ」

「・・・そう」

「刑務所で、友達はできた?」


その質問で頭に浮かんだのは、当然零真だった。


「あぁ、一人だけなら」

「その子はどういう子なの?」

「刑務所では、個人情報を人に伝えるのは禁止なんだ。 だから詳しくは知らない」

「簡単でいいのよ。 どんな感じの子だった、とか」


母の真意は分からないが、おそらくは探りを入れているのだろうと考える。 自分たちのことを誰かに話していないか。 そうでなければ、自分にこのようなことを聞いてくるはずがない。


「・・・それ、教える必要があるのか?」

「え?」

「ないだろ。 なら言わない。 そういう父さんと母さんこそ、最近はどうなんだ? 何か変わったのか?」

「「・・・」」


二人は沈黙したまま何も答えない。 それが腹立たしかった。


「答えろよ」

「教える必要がないものは、言わなくてもいいんだろ?」


運転している父の言葉を聞いて泰牙はキレる。 ずっと溜め込んでいた言葉をぶつけていた。


「ッ、それ、何も変わっていないっていう意味じゃねぇか! 息子が捕まって、何も感じなかったのか!? 反省もしなかったのかよ! 面会にだって、一度も来なかったくせに! 今更いい顔をすんな!

 頭おかしいんじゃねぇの? いやそれ以前に、父さんと母さんは既にクスリでもやってんの? だから頭がおかしいのか? こんなの、親失格だよ。 姉さんの自由までも奪いやがって。 

 俺たちの気持ちを考えろよ! お前らはよくても、俺はこんな二人が親だなんて恥しかないからな!」


怒涛のような勢いで言い放ち、息を切らしながら二人の反応を待ったが、それ以前にどこかおかしな気配を感じた。

眠らせられる前は『家に帰る』と言っていて、それを信じたわけではなかったが今向かっているのは明らかに違う方向。 更に言うなら、山を登り始めている。


「・・・おい、どこへ向かっているんだよ」

「・・・」

「俺を今すぐに降ろせ!」


父が運転するハンドルを無理矢理掴み操作を妨害しようとする。


「泰牙危ない! 止めて!」

「二人がいなくなるなら、俺もここで一緒に死んでもいいからな!」


母が止めるのを聞きもせず、操作を奪いながらそう言うと父は徐々にスピードを落とした。


「・・・俺が刑務所で仲よくなった奴はな、お前らのせいで捕まったんだよ」


言いながら思い浮かべるのは零真の泣き顔だ。 絶対『そうだ』とは言い切れないが、この二人のせいで零真の母親は死んでしまったとも思っている。


「泰牙!」


スピードが落ちている間にドアから脱出した。 まだスピードは出ていたため、地面を転がりながら着地する。 無事地に足が付くとどこへ向かうとも分からず走って逃げ出した。 

背後から二人の叫ぶような声が聞こえたが、当然そんなのは無視だ。



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