刑務所で繋がる縁④
両親に会うとマズいと思い急いで家を出たわけだが、泰牙は少々途方に暮れていた。
―――麻薬密売の証拠を探すって、一体何から探したらいいんだ・・・?
―――家にはヒントとなるようなものが一切ないんだよな。
警察が家宅捜査をして何も出てこなかったのだから、自分が探して何か見つかるわけがない。 二年前、家に来ていた男は怪しいが連絡など取れるわけもなかった。
八方塞がり、頭を抱えしゃがみ込んだ時零真の足の付け根にあったマークを思い出す。
―――あのマーク、確かに見覚えがある。
―――何も関係がなかったらいいけど、こんなに違和感を感じるならきっと何かあるはずだ。
―――・・・思えば、母さんの耳の裏にも似たようなマークがあったな。
母親を殴り倒した時、抱えて安否を確かめたのだが、その時確かに耳の裏に似た模様が描かれていた。
―――あの時は動揺して模様までは憶えていないけど、零真に付いていたマークと同じくらいの大きさな気がする。
―――・・・考えたくはない。
―――だけど、もし俺の親と零真が繋がっていたとしたら・・・?
―――だとしたら、零真の言葉を思い出せ。
―――何かヒントがあるのかもしれない。
泰牙は道端で立ち止まり、頭を抱え必死に思い出そうとした。
零真に事情を聞いていた当時は興味本位とかではなく、ただの暇つぶしで聞いていただけだったため、あまり印象に残っていなくぼんやりとしか思い返せない。
それでもゆっくりと記憶を辿っていった。
刑務所にいた時、零真と話したことを思い出す。
「モノを運ぶだけの仕事って、具体的にどんなことをしていたの?」
零真が捕まり、刑務所へ入ることになったきっかけ。 特に深い意味で聞いたわけではなく、ちょっとした話の種のつもりの会話だった。
「そのままだよ。 『これをどこどこへ届けてほしい』って、言われるんだ」
「もっと詳しく言うと?」
「んー・・・。 あ、駅からが多かったかも! というか、いつもそうだった! 『駅内にある何番のロッカーに入っているモノをここへ届けろ』って。 届ける場所は毎回違ったよ。
違う駅までだったり、カフェの中だったり」
「荷物の受け取りだけは、毎回一緒だったっていうことか」
「そう! いつも一ノ瀬駅だった」
いつも一ノ瀬駅。 かろうじて引っかかった記憶の単語に、泰牙は手がかりを掴んだ気がした。 更に記憶を引き出してみる。 ただいつどこでこの話をしたのかだけは、思い出せなかった。
「ふーん・・・。 受け渡しをする人って、いつも違う人?」
「いや? そもそも、人とは会わないよ。 一切。 受け取る時もモノを届けにいく時も、ずっと一人」
「・・・? じゃあ、その仕事で出会った人は、零真に声をかけた男一人なのか?」
「そういうことになるね。 でも、仲間はたくさんいるって言ってたよ。 その人はずっと笑顔で、とても爽やかな人だった。 あぁでも、額に大きな十字架の傷があったから、そこは少し怖かったかな」
“額に傷があるだなんて、いかにもだな”と思ったのも憶えている。 その後は、何をしていたかは分からないが会話自体は途切れて終わってしまったはずだ。
―――一ノ瀬駅・・・。
―――場所は、ここと刑務所の中間くらいか。
―――一応、行ってみるかな。
動かないでいるのもあれだと思い早速行動に移した。 再度駅へ行くと電車で移動する。 一ノ瀬駅へは20分程の距離で、特に問題もなく辿り着きとりあえず駅内を見渡した。
―――で、来たはいいけど次はどうしたらいいんだ?
ロッカーを使い運ぶモノを渡していたと聞いている。 小さな駅、無人駅ではないが寂れていて確かに人の往来は少ない。
考えながら行き交う人をぼんやりと見ていると、目の前を通り過ぎた男が何かを落とした。
「あ、落ちましたよ。 ・・・ッ」
拾おうとしたところで気付く。 男が落としたのは一本の太いペンだった。
―――このペン、父さんが『特注で作ったものだ』と言っていたのと同じだ。
―――なのにどうして、この人が持っているんだ?
ペンを拾い上げじっと見つめていると、男がひょいとそれを抜き取った。
「拾ってくれてありがとう。 これ、大切なものだったんだ」
「いえ・・・」
その時、男の顔を見て驚きを隠すので必死だった。 微かにだが、額に十字架の傷が見えたのだ。
―――もしかしてコイツ、零真を誘った人・・・!?
男はペンを受け取るとそそくさとこの場を去っていく。 泰牙は物陰に隠れながらその男を尾行した。 しばらく歩いていると、駅近の雑居ビル群へと足を踏み入れビルの中へと入っていった。
泰牙は身に付けていたネックウォーマーを鼻の高さまで上げる。 男が鍵を使って中へ入ったことを確認すると、泰牙は男の背中を勢いよく付き飛ばした。
男がバランスを崩し転んでいる間に男にまたがり、身動きを取れないようにする。
「君、どうして・・・ッ!」
「答えてください。 貴方は麻薬密売をしている、そのうちの一人ですか?」
「・・・」
男の形相が瞬時に変化した。 恐ろしい形相のまま何も喋らず、ポケットの中から小さなスプレーを取り出すと泰牙に向ける。
噴出するガスが何かは分からないが、それを喰らうとマズいことは本能的に分かった。 先程男が落としたペンを胸元から抜き取ると、必死に相手の肩めがけて振り下ろす。
「ぐあッ。 何をすんだ、このクソガキ!」
怯んだ男がスプレーを落としたのを見て、すぐさま拾い上げ男に向かって噴射した。
体格も力も負けていただろうが、流石に馬乗り状態からではどうしようもなかったようで、スプレーを喰らった男はそのまま眠ってしまった。
―――何だ、ただの睡眠薬か・・・。
おそらくここが親のアジトの一つだと考えた。 泰牙は男から鍵を奪うと早速証拠を探し始める。 だが薬は見つからず、他に手がかりになるようなものもなかった。
電話も誰でも使えないような仕様になっている。
―――ここも偽装されているのか。
取引に使っているらしいたくさんの書類を見つけたが、薬の名前ではなく日用品の名前が書かれていた。 他にも犯罪に繋がりそうなものは何もない。
―――駄目だな。
断念した泰牙は、アジトのカメラに映った可能性の高いネックウォーマーと上着をこのアジトへ捨て外へ出る。
―――このまま交番へ行って、ここまで呼ぶか?
―――でもあれだけの証拠で、信じてくれるかどうか・・・。
どうしようかと考えていると背後から肩を掴まれる。 振り返るとそこには笑顔の両親が、ただ黙って立っていた。 笑顔ではあるが、二年前感じたあの恐ろしい雰囲気を全身に纏いながら――――
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