神竜国ドラグリア編 百話 決着②


「グゥッ! はぁっ!」

「遅いよ」

「なっ、ゴハッ!」


(ありえ、ない……この腕力、この速度、一体奴に何が起こった! 身体能力全てがさっきまでとは桁違いだ。武道の達人だけが到達出来るという闘気とも違う、奴のこの力は一体……)


「時間が無いからね早く終わらせるよ」

「おのれ……、勇者ァァァ!」

「竜尾脚」


 シンが呟いた直後、その体は光を超え、ゼニスの視界に居たはずのシンは一瞬で消え去りその場にはひび割れた地面しか残されていなかった。


「あやつ、一体どこに……」

「上だ」

「っ! グァァァッ!」


 頭上から声を聞き、咄嗟に上を見上げたゼニスだったがそこには崩れ落ちる石の破片と砕けた天井しか無く、それを確認したと同時に左腕には竜の尾で薙ぎ払われた様な衝撃が走る。


 ドガァァンッ!


「グッ……ブハッ!」

「もう終わりだよ。今のをまともにくらったんじゃ内蔵はズタズタだ。腕のクッションがあったとは言えとても戦える状態じゃない」


 シンの言葉は正しかった。その証拠に、今の攻撃でゼニスの左腕の骨は粉々に砕け、内蔵に深刻なダメージを受けたせいで大量の血を地面に吐いている。


「そろそろ時間切れみたいだ。次の攻撃で終わらせる」

「終わらせて、たまるか……」

「驚いたな、そのダメージで会話ができるどころかまだ立てるなんて……」


 それでも、ゼニスが虫の息な事に変わりはない。どちらにせよ次の一撃でこの勝負にも決着が着く。


「行くよ」

「クッ、ウォォォォッ!」


 ドゴッ! ゴゴゴゴッ


 数秒前の攻撃よりも強くシンが地を蹴ると地面は粉砕され、アジト内を小さく揺らす。


「『竜のドラグライト一撃・インパクト』」

「っ! ガッ……」


 ドサッ


 腹部に渾身の一撃をくらったゼニスは膝から崩れ落ち、そのまま意識を失った。


「大丈夫、手加減はしたから死にはしないよ。まぁ、当分意識は戻らないだろうけど。君には話してもらう事が山ほどあるからね。……って、これじゃあ聞こえてないか」


(とりあえず、サヤは自力で探さないとな。喋れるぐらいの力は残しておいた方が良かったか?)


「いや、今更考えても時間の無駄だ。それに喋れるからってサヤの居場所を答えるとは限らないしね」


オーラを習得した事で近くに人がいるかどうか判別できるようになった。多分、サヤはこの近くに居る)


「上の階は潜入時の俺の攻撃で半壊してる。万が一そこにサヤがいたら無事じゃ済まない。気でも気配を感じ取ることはできないはずだ。なら、下か……」


 そう判断し、シンが下へ降りる道を探そうと歩き出した時、異変は起きた。


 ゴゴゴゴッ


「? 何だ……」


 謎の音と共に、シンのいる空間の床が揺れる。


「これってもしかして……崩れる?」


 そのシンの予想は見事的中し、床は轟音と共に崩れ落ちた。


「うおぁっ!」


 床の崩落と共に下へと降りていくシン。何とか脱出を試みるが突然身体中の力が抜けていく感覚に襲われる。


(っ! まずい、テルセラ解放後の活動時間はだいたい5分ぐらいだって思ってたけど予想よりも解けるのが早い! しかもタイミングは最悪だ)


 シンの予想ではテルセラの状態で行動できるのは5分程度だった。しかし、プリメラからセグンタを飛ばして解放したことによる反動と、最後の攻撃に気力と魔力を想像以上に持っていかれ、体力をすり減らした結果、その活動時間は5分を大幅に切っていた。

 

(いいや、ここは前向きに考えよう。これで下へ続く道を探す手間が省けたじゃないか)


 上へ戻る必要が無いと考えたシンは残る魔力と気力をできる限り使い、自身の身体の強度を上げた。


「これで落ちた時に死ぬって事は無いかな」


 そうして、シンは落下する重力に身を任せ、下の階層へと姿を消した。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


 少し前に大きな音と少しの揺れがあったと思えば、次は天井が音を立てて今にも崩れ落ちてきそうだ。


(さっきまで上から戦闘音が聞こえてた。多分シンが軍の人達と一緒に助けに来てくれたんだ。でも、それにしてはおかしい。突然戦闘音がパタリと止んだと思ったらまた大きな音がした)


「一体、この上で何が……」


 その時、音を立てていた天井が遂にひび割れ、崩落した。


「キャッ!」


 ドドドドッ!


 天井の崩落により土煙が舞う中、両腕を壁に縛り付けられたサヤは身を捻ることで何とか瓦礫の被害に遭うことを回避した。


「ゴホッ、ゴホッ」


(土煙は吸っちゃったけど、怪我をせずに済んで良かった)


「それより、何で突然天井が……」


 その時、サヤは土煙の奥、瓦礫の中から何者かの人影が現れるのに気がついた。


(まさか、敵が戻ってきた?)


 しかし、その予想は杞憂だったようだ。


「痛っててて、とんだ目にあったな……。さて、ここはどこだ?」


(っ! この声!)


 中から現れた者の姿はまだ見えない。けれど、その声をサヤが聞き間違うはずは無かった。長年隣に立っていた彼の声を。


「シン!」

「その声は! サヤ、居るのか!」

「うん! 居るよ!」


(シン! やっぱり助けに来てくれた!)


「居た、サヤ!」


 サヤの姿を見つけたシンは瓦礫の山から降り、その元へと駆けつけた。


「大丈夫、怪我は?」

「私は平気、今の崩落も何とか避けられた。それよりも、シンの方が傷だらけ……」

「あぁ、これか? 心配しなくて大丈夫だよ。この程度直ぐに治るから。それよりも、今助けるから」


 そう言うと、シンは聖剣を抜き、サヤの腕を縛る鎖を断ち切る。


「ふぅ、これで一件落着……っと」

「シン! やっぱり怪我のダメージが大きいんじゃ」


 無事サヤを助け出せた事による安心感からかここまで動いていた身体が突然力を無くす。

 それもそのはずだ、戦闘での疲労に加え、竜気解放による反動。シンの身体は活動時間が終わった時、既に動かなくなっていても不思議では無かった。それをここまで意地で動かしていたようなものなのだ。


「大丈夫って、言っただろ。これはちょっと魔力と体力を使いすぎただけだよ」

「でも……、ちょっとそこに座って」

「え? 何で……」

「いいから、座って!」

「……分かった」


 こうなったサヤは何を言っても譲らないと長年の付き合いから知っているシンは大人しく指示に従い、その場へと座った。そんなシンにサヤは回復魔法をかけていく。


「何で、何でこんなに傷だらけになるまで無茶したの」

「……当たり前だろ。俺だって、勇者なんて呼ばれはしてるけどさ、これが他人だったらここまで本気にはなれなかったよ。でも、今回はそれがサヤだったんだ。だから、ここまで傷つくほど本気になったんだ」

「それでも、私はシンに傷ついてほしくない」

「それは、ごめん。俺にもっと力があればこんなに傷つかなかったしそもそもサヤを連れ去られずに済んだんだ」

「そんな事ない、シンは学院を守りながら、十分私も守ってくれたじゃない」


 それでも、シンは自身を責めた。結果的には学院も被害が大きく、大切な人も攫われた。何も守れなかった自分を許さなかったからこそ、彼はここまで成長出来たのだ。


「……サヤ、一つ聞いてくれないか?」

「何?」

「サヤには何度も言ってきたけど、俺は勇者って呼ばれるのそこまで好きじゃないんだ。人々を救うなんて俺には荷が重いしね。でもそんな俺が、たった一人、そのこの前では勇者でありたいって思えるんだ」

「それって……」

「君だよ、サヤ。俺はサヤの前では勇者でありたい。サヤの勇者になりたいんだ。だからこそ、これからだって君の身に何かあれば直ぐに駆けつけるし、必ず助ける。そうやって、少しでもかっこいい俺を見てほしいんだ」

「……シンの馬鹿。そんなの、態々言われなくても知ってるんだから。今までだって、ずっと隣でシンのかっこいい所見てきたよ」


(だって、小さい頃からずっと私の前ではかっこつけてたから。知ってるんだよ、シンが気を抜くと直ぐにダメダメになるところ。たまに私の前でも出ちゃってたし。それでも……)


「私の勇者を、かっこよくないと思ったことなんて一度も無い」

「サヤ……」

「シン、助けに来てくれてありがとう。これからも、私の勇者でいて」

「言われなくても、俺は絶対にサヤを守る。これからもっと強くなってもう二度と、サヤを危険な目に遭わせたりなんてしない。だから俺からも言わせて欲しい。君の勇者がかっこいいって所を、いつまでも一番近くで見ていてくれ。そうすれば、俺はどんな困難にも立ち向かえる」

「うん、喜んで。……はい、これで大丈夫。どう、動ける?」

「嗚呼、問題無い。ありがとう」

「どういたしまして」


 そう言ったサヤの手を取り、シンは自分の腕の中へと抱き寄せる。


「えっ! シ、シン、どうしたの?」

「……サヤ、本当に、無事で良かった」

「シン……」

「さぁ、戻ろう。皆の所に」

「うん」

「よし、そうと決まれば。よっと」

「えぇ!? 何で持ち上げるの! 自分で歩けるから、下ろして!」

「いいや、このままで行く。サヤは俺の元気が無いとすぐ心配するから。少しは安心させてあげないとね」

「分かった、分かったから下ろしてぇ!」


 そんなサヤの、抗議の声を聞かず、シンはそのまま大広間へと向かった。



 

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