第5章 神竜国ドラグリア編 九十七話 新技


「空間乖離?」

「そう、今俺が存在するこの空間に、時間の流れの違う別の空間を作り出す。それが空間乖離、十年間の修行で得た事の集大成だ」

「なるほど、その魔法の仕組みは大体分かりました。ですが、それでは私の魔法が当たらない理由の説明にはなっていない」

「何言ってるんだ」

「?」

「今は戦闘中、負ければどちらかが死ぬかもしれないって言う状況で、自分が不利になるような情報を言うわけないだろ」

「クッ、クッフフフフ、それもそうですね。君のそう言うリアリストな所、嫌いじゃないですよ。どうやら今のは私が間違っていたようだ」


 奥の手と言う事を知れただけでも良しとしますか。とノワールは零す。


「どちらにせよ、やる事は変わりません。私はここから生き延びる」

「いいや、お前はここで、必ず捕える!」


 すると、ノワールはレオを捉えるべく鎖魔法を使うが、やはり鎖がレオを捉えることは無い。それどころか、レオに触れられないはずの鎖は一方的に捕まれ破壊魔法で壊されてしまう。


(こちらからの攻撃は当たらないがあっちから掴むことは出来ると、一体何をすればそんな芸当ができるんだ?)


「これで終わりか?」


(現状は空間乖離の副作用で攻撃を受ける心配は無い。けどこの状態を続けられるのも持って十分前後、それが過ぎれば魔力が足らず、この魔法は自然と消える)


 レオの空間乖離の本来の特性は自身が存在する部屋、もしくは空間に時間軸の異なる全く別の空間を創り出す事。

 しかし、この魔法は未だ完成しておらず、その為本来そこには居ないはずのレオが元の空間から視認でき、レオ本人から元の空間に干渉する事を可能にしている。

 いわば、今の一切攻撃を食らわないと言うレオの状況は魔法が不完全だからこそ成り立っている、不完全故の絶対防御ということだ。


(そうなれば、他の魔法が使える回数も限られてくるしその後も大広間の応援に行くとなればなるべく魔力は温存したい。となると……)


「短期決戦で終わらせる!」


 そう言って前方へ一歩踏み出したレオは、異空間収納から白夜を取り出しノワールへと切りかかる。


「ふっ!」


 ガキィィン――


「そう簡単にやれるとでも?」

「分かってるよ!」


(空間乖離を使ってる内はそっちに集中力を割かれるせいでまともに魔法が使えない。せいぜい手足や武器に付与エンチャントができる程度だけど、それだと手数が足りなさすぎる!)

 

「だからって攻めあぐねてちゃ長引くだけだ。削れる時にあいつの魔力を削らないと」


 作戦を決めたレオは右手に持つ白夜、そして左手にも破壊魔法を付与し、再度鎖に守られたノワールへ攻撃を開始する。


(魔法ほどの手数は無くても、四肢全てを使って攻撃すればそれなりに魔力は削れるはず!)


「はぁぁあっ!」

「チッ!」


(やはり詠唱破棄の鎖では魔法を使った直後から次々と壊されてしまう。だが、詠唱をしている暇も当然無く、このままでは防御が間に合わない!)


 絶え間なく攻撃し続けるレオ、それをギリギリの所で全て防ぎきるノワール。二人の攻防は短い間にも関わらず、その場の空気からか、二人には既に数十分間続いているように思えた。


(このままだと、俺の魔力が先に無くなる。一体どうすれば……)


 その時、レオの頭にふと一つの手段が浮かび上がる。


(リスクは大きいけど、確かに、やってみる価値はある。問題は、この賭けにどれだけノワールがつられるかだけど……そこは何とかするしかないか)


 するとレオは、空間乖離を解き、両手を頭上で交差し


「創造の先に破壊有り、破壊の先に創造有り。それは断罪の矢か、あるいは侵略の狼煙か――」


(これは、長文詠唱!? 彼が詠唱をした事なんて今まで一度も無いはず、ましてや長文詠唱なんて……!)


 レオの詠唱に狼狽えるノワール。集められる圧倒的な魔力量と身体に直接突き刺さるような魔力密度。二つの重圧に今にも逃げ出したかったが自身の体がそれを許さなかった。


「破壊の権化となりて、万物を壊し、破滅へと導く光となりて、世界を導け、その光は神の御業、絶望の始まり、全てを滅ぼし、蹂躙せよ」

「『滅亡のレイン・ディストラクション』」


 レオが詠唱を終えた直後、交差させた手の先に赤黒い光が収束し始める。

 その正体は、滅亡を意味する破壊魔法の塊。


(この魔法は、まずい。まともに食らえば命を狩られる!)


 だが、それでも一度、恐怖心から動かなくなった足はなかなか動き出してくれない。


「これで、終わりだ」


 そう呟き、レオが両手を振り下ろすと収束された破壊魔法が雨のようにノワールへと降り注ぐ。


「クッ、こんなところで……っ!」


 ドドドドドッ!


 レオの魔法が鎖を穿ち、次々とその防壁を塵へと変えていく。


 数秒後、砂煙が晴れた先に鎖の壁は無い。どうやら跡形もなく消えたようだ。


「さぁ、大人しく捕ま……れ……」


 ノワールを捕えるため、奴がいたと思われる場所に近づいたレオはそこで気づく。たった今、戦っていた男の姿がそこに無いことに。


「……っ! どこだっ! どこにいる!」


 ノワールがいたと思われる場所には小さなクレーターが幾つも出来ており、そこに赤黒い血液が溜まっている光景が作られていた。

 だが、当のノワール本人の体は無い。今の魔法で絶命したのであればそこには亡骸が残っているはず。そうでないとしてもこの出血量で瞬時に移動することなんて不可能に近い。


「一体どうやって……っ! クソっ!」


 一度ならず二度までも、同じ相手を取り逃したという事実に、レオはこれまでにない程自身を責め立てていた。


「あの時もそうだ、追い詰めたと思って最後の最後に気を抜いて取り逃した。新しい事を覚えても、お前はあの頃と何が変わった? 何一つ、変わってないじゃねぇか! 子供の、踏み切れない甘い子供のままだ……」


(今回の失敗は根本から自分の考えが間違っていた。勝てば生き残り敗者に待つのは死のみ。みんなそう言う意気込みでこの戦闘に参加したんだ。

 誰も殺さず生け捕りにしようなんて甘いことを考えていたのなんて俺だけ、だから大事なところでノワールを取り逃がした。戦う前から、俺とノワールとじゃ意気込みが違ってたんだ)


「何やってんだよ、ばかやろう……」


 学院を卒業して、軍に入れば人を殺さなきゃいけない時なんていくらでもあるだろう。それでも、レオはまだ学生の身、人を殺めることに抵抗があるのは仕方のないことだ。だが、どれだけ世間がそう言おうと本人は納得しない。


(お前には決定的に覚悟が足りてなかった。心のどこかで強くなったって驕りができてたんだ。だから、生け捕りにするって言う選択肢しか思い浮かばなかった。最悪の場合を考えられなかったんだ)


「はぁ、失敗したのは全部お前が未熟だからだ。でも、今はそんな事を悔やんでる場合じゃないだろ。切り替えろ、反省は全部終わってからだ。今はまずノワールを追わないと!」


(魔力は……もう尽きる寸前、中級魔法があと数発打てる程度か? 戦闘になったら厳しいけど、あいつも傷は相当深い。戦闘になる事はまず無いだろう。それに、あの出血量じゃまだそこまで遠くには行ってないはずだ、魔力探知で探せばすぐに追いつける!)


 そう思い、レオは魔力探知でノワールの居場所を探る。すると、大広間へ続く通路に一つ、ゆっくりと移動する魔力反応を見つけた。


「これか……?」


 だが、それと同時に何か違和感を覚える。あるはずの物が無い違和感。そして、すぐにその違和感の正体がどこから来るものなのかも分かった。


(おいおいおい、嘘だろ……!)


「アレクの魔力反応が、無い?」


 そう、あるはずの物が無い違和感。その真実は、魔力探知を使えば必ず分かるほどに大きな友の、アレクの魔力反応が、消えていたのだ。

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