第5章 神竜国ドラグリア編 九十六話 崩れる仮面
シンとゼニスの戦闘が始まるのと同時刻。大広間の先にある一室でも、今まさに戦闘が始まろうとしていた。
「おやおや、誰かと思えばレオナルド君じゃないか。数日ぶりだね」
「ノワール……。次こそはお前を捉えて、
「ほう、我々の情報を吐かせるか……果たして上手くいくかな?」
「上手くいくさ。何より、それはお前が一番分かってる事だろ。その左足を見ればな」
レオの目線の先、ノワールの左足には、数日前に自身が切り落とした物の代わりを務めるように、無機質な義足が存在していた。
「確かに、左足は前よりも不自由になっている。さらに片腕もその不安定な左足を補うために使っているとなると、君の相手は荷が重い」
「なら、投降するか?」
「まさか、投降した所で待っているものは死じゃないですか。わざわざ自害する気はありませんよ」
「なら、話は決まりだな」
「ふっ……最初からその気のくせによく言いますね」
敵同士でありながら奇しくも意見が一致した二人。互いに戦闘態勢に入り、その時をただ静かに待つ。
そうして睨み合うこと数秒、どちらかが動いた瞬間に戦闘が始まると言う状況下で先に行動を起こしたのは――レオだ。
(
レオの頭上に星屑の様な無数の小さな光が浮かび上がる。その数は百を優に超えているが、驚くべきはその一つ一つが大きさ、速度、威力を調整された
ノワールが戦闘で使うのは鎖魔法。まだ情報は少ないけど中には魔法を打ち消す物もある。
前回の戦闘ではその鎖を罠のように使って戦っていた。と言うことは直接攻撃は少ない可能性が高く、必然的にこちらの攻撃を待つはずだ。
(どちらにせよこっちが動くのを待たれるなら先手必勝、初見の技で思考を狭める!)
「クッ!」
咄嗟に詠唱を破棄した鎖魔法で防御をしつつ後方に避けたノワールだったが、その頬や腕からは鮮血が散る。
「避けきれませんでしたか、しかし今の魔法は一体……」
ノワールがそんな反応をするのも無理はない。
潜入中と言えども、一時期は国でトップの魔法学院で教鞭を執っていた事もある。それだけあって魔法に関しての知識量も普通の軍人に比べてそれなりに多い方ではあると自負して居たが、レオが初撃で繰り出した魔法はそんなノワールを持ってしても避け切るのは至難の技だろう。
何故なら、たった今レオが放った魔法は誰一人として見たことは無いからだ。
「
「オリジナルだと!?」
それもそのはず、いくら初級魔法の光弾とは言え百以上も生成し、さらに圧縮、速度上昇、同時射出となればどれだけの魔力操作が求められることか。
それを脳内詠唱だけでやってのけるのは元から魔力操作のレベルが高く、その上過酷な空間の中で十年間修行をしたレオだからこそできる芸当だ。
「なるほど、道理で避けられないわけだ。この手数と速度、初見殺しにも程がありますよ」
「まだまだ、本番はここからだ!」
そう言うと、レオはノワールとの距離を取りつつ右手を前方へ向ける。
「『
打ち出された五つの光弾がノワールへ迫り、対するノワールは正面から迫る光弾を防ぐため、自身と光弾との間に鎖で壁を作る。
「その程度の魔法、止められないとでも?」
「いいや、さすがにそこまでの余裕は無いさ。お前の鎖魔法は厄介だ。けど……」
レオは無造作に掲げた右手を一度限界まで開くとその直後開いた手を閉じる。
「今の俺は、守りきれなかったあの頃とは違う!」
すると打ち出された光弾はレオの手の動きに合わせ、まるで鎖の壁を避けるかのように外側へと起動をずらし壁の奥に隠れるノワールを襲う。
「何っ!」
(魔法を放った後から起動を変えただと!?)
他の魔法と比べ、当たっても直接的なダメージは少ない光魔法もノーガードの身体に同時に複数が被弾すればそれなりのダメージとなる。それはノワールも例外ではなく、数秒前の初撃と合わせて少しずつダメージを食らっていた。
「クッ、桁違いの魔力操作、まさかこれ程までに強いとは。合宿の時ですら全力では無かったと?」
「いいや、確かに合宿の時は頭に血が上って最高のパフォーマンスは出来ていなかったかもしれない。それでも冷静じゃないなりに全力ではあったさ」
「では一体、何をすればこの短期間でこれ程成長すると言うんだ」
「短期間か……」
確かに、修行の間に入っていたレオとは違い、それ以外の人間はあの合宿からまだ数日間しか経っていないのだ。
しかし、それはレオ以外の場合であり、レオは十年間と言う莫大な時間を過ごしている。
レオのこの成長も、その十年間の中で見つけ出した
「お前からしてみればたった数日間かもしれない。けどな……俺にとっては、今のレベルまで成長する事が出来た貴重な十年だ。誰も失いたくない、守りたい、もう後悔はしたくない。その気持ちを胸に俺はあの森で修行したんだ。お前なんかとは、決意が違うんだよ!」
「十年? 何を訳の分からないことを……。君が何をしてきたかは知らないが、私にだって決意はある。自分を評価しないこの腐った社会を作り替えるという決意が!」
レオの言葉に対し、これまで常に冷静であったノワールが初めてその仮面を崩す。
「この世界は醜い悪意で染まっている。国の上層部がいい例じゃないか! 自身の保身の為に他者を平気で貶める貴族、嫉妬心からその実力を正当に評価せず蹴落とす老害、そんな奴らが統治する国で生活していれば、誰しも大小関わらず悪の道を踏んでしまう……。なら! 誰かがそれを裁かなければならない! その為に私は今、ここに立っているんだ。目には目を悪には悪を、汚れきった国を粛清し、正しく作り替える。これは、必要悪だ」
「確かに、お前の言ってることは間違ってないかもしれない。実際、俺もお前の言うような貴族がいることは知ってる」
(実際に見てきたしな……)
「だからお前がそう思うのも仕方ないさ。でもな、だからって悪に手を染めていい理由になんてならないんだよっ!」
「……っ! お前に、何が分かるっ!」
「分からないさ、お前達の考えてることなんて分かりたくもないね。ただ一つ、言えることがある。さっきも言ったけどな、お前がどう思おうと悪に手を染めていい理由にはならない。悪に手を染めた時点で、お前も、お前が憎む奴らと同じ、裁かれる対処になってるってことだ」
「うるさいっ!」
「悪で悪を裁いても、また新しい悪が生まれるだけだ」
「そんな事を言っているから悪は無くならないんだ。綺麗事だけじゃ世界は救われない!」
「だから、お前の考え方は根本的に間違ってるんだ」
レオは真っ直ぐと目の前のノワールを見つめる。
「悪は、裁こうとせずに共存していけばいい」
「何、だと?」
「お前の言う腐った国の上層部も全て利用してより良い国を作ればいい。現に今、ルステリア王国はそんな貴族たちの力もあって回ってる。全員が全員、お前の言うような貴族ではないけど、一部の悪ですら、国で平和に生活してる人たちの力になってるんだ。だったらそんな悪も利用すればいいだろ。その過程を経て、いつかその上層部の考え方を変えてやればいいさ」
「何を無責任な事を……」
「いや、無責任じゃないさ。いつか、俺がそんな国を作ってやる」
それは、まだ公にはされていない一部の人間しか知らないことだった。だが、レオはあえてそれをノワールへ伝える。
「いつか、俺が国王になった時には、そんな国に変えてやる」
その余りにも予想だにしていなかった返答に、ノワールも思わず呆れた顔をする。
「ふっ、何を馬鹿なことを。帝国でも無いルステリア王国で王族でも無い君がどうやって国王になると言うんだ。王族にでも嫁ぐか?」
「そうだな、そうかもしれないし違うかもしれない。けど、必ず国王になってみせるさ」
「そうか……本当に君って奴は面白い子だ。いいでしょう。もし万が一、君が本当に国王の座に座り、国を変えることが出来たなら。その時は大人しく捕まってあげますよ」
「いいや、お前はここで捕えるさ。何としてもな」
「やれものなら。逃げるのは得意なので」
そうして、再度睨み合った両者は数秒後、激しい魔法戦を再開する。
「『
「鎖魔法『魔封鎖縛・円』」
ドドドドドッ!
詠唱により、数も威力も速度も数段に上がった光の雨がノワールを襲う。
ジャララララッ!
対するノワールも自分を中心として半円形に鎖を出現させ、レオの魔法を防ぐ。
「やっぱり、その鎖厄介だな」
(けど、やっとだ。やっと
「次はこちらから行きますよ」
そう言うとノワールは天井から鎖を伸ばし、それに捕まることでレオの周囲を飛び回る。
「お前、何をしようと……まさかっ!」
「気づいたみたいですね。さすがは主席、ですが……一歩遅い」
「っ!」
ノワールの行動の意図にレオが気づいた直後、レオを囲うようにして魔法陣が地面に浮かび上がり、そこから鎖がレオ目掛けて接近する。その数は七本。
(この鎖に縛られれば魔法は封じられる、なら使うタイミングはここしかない!)
「さぁ、チェックメイトだ」
「っ……いいや、ギリギリ間に合った!」
「何?」
その時、レオ目掛けて接近していた鎖が全身を縛るように直撃する。と思いきや、その鎖はレオの動きを封じる事は無く、まるで
「体をすり抜けただと?」
「そう、これが俺の奥の手であり、十年の間に出来た目標の結果、空間乖離だ!」
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