第5章 神竜国ドラグリア編 九十三話 竜気解放


 ――3日後、作戦開始10分前――


「全員集まったな」


 セイクリッド学院内の一つの演習場には50を超える数の人が集まっていた。


「今回の作戦、軍に所属する者は普段と違い人数も少なく負担は大きいだろう。だが相手のアジトの広さや隠密と言う事を踏まえてもこの人数が限界だ。数の差は歴然、不意打ちをかけるとはいえ厳しい戦いになる事は覚悟しておけ」

「「「はい!」」」


 今回の作戦で全隊の指揮を執る事になったダンさんが、その場にいる者を鼓舞しようと全員の前で話す。


「この後の動きは、予定通りレオナルド君の空間魔法で偵察部隊と合流、その後敵アジトを補足次第陽動であるシン君が正面から襲撃、その騒ぎに乗じて我々軍部隊が各方面から突入する。質問のある奴はいるか!」


 ダンさんが最後の確認をとるがこの場にいる全員、作戦に対して不明点は無いようだ。


「よし、それでは各部隊配置につけ!」

「「「了解!」」」


 ダンさんが指示を出すとその場に居た全員が一斉に動き出し各々配属された部隊へと集まっていく。


「やっとだな……」

「嗚呼」

「ここまで来るのに10年、まぁ他の皆からしたらたった1週間程度だけど、やっとサラちゃんを助けに行けるな」

「……そうだな」


 隣にいるシンに話しかけるもその返答はあっさりしたものだった。


「……大丈夫か、シン」

「……不思議と、頭の中がスッキリしてるんだ。やっとサヤを助けに行けて嬉しいはずなのに頭は酷く落ち着いてる。敵の事は許せないし、怒ってるはずなのに」

「多分、やる事がはっきりと分かってるからじゃないかな」


 俺の言葉にシンはやっと俯いていた顔を上げる。


「陽動なんて言ってはいるけど、お前のやることは前と何も変わらない。ただ敵に正面からぶつかってサヤちゃんを助けるだけだ」

「……ふふっ、そうだね、確かに何も変わったことなんてない。俺はただ、この手でサヤを助けるだけだ」


 そう言ったシンの顔は、対抗戦で初めて会った時と同じ顔をしていた。どこか楽しそうな、無邪気な少年の顔だ。


「もう、大丈夫そうだな」

「うん、ありがとうレオ」


 シンの感謝の言葉に頷いて返し俺は立ち上がった。


「それじゃあ、俺も最初の仕事をこなして来るかな」

「頼んだよ、君の空間魔法が無いと今回の作戦は成り立たないんだ」

「分かってるよ、それじゃあな」


 そうして俺は、ダンさん達と話すメルト先生の元へと向かった。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


「メルト、全員準備完了だ」

「分かった。レオ、頼む」

「はい」


 メルト先生の合図で俺は転移門ゲートを開く。


「よし、各部隊10名ずつ2度に別れて進め!」

「「「了解!」」」


 数分後、全部隊が転移門を潜った事を確認してからダンさん、メルト先生、シン、アレク、そしてシンの付き添い兼見張り役としてグレンさん。この5人と一緒に転移門を潜る。


 転移門を潜った直後、陽動であるシンはグレンさんと共に空へ飛び、真っ直ぐに敵アジトのある方角へと移動を開始した。その光景を見た軍部隊の人達は目を大きく見開き、目の前で起きた事に驚きを隠せずにいる。


「なっ! あいつら、勝手に行動を!」

「いや、これでいい。シンは陽動だ、先に動いて貰っていた方が助かる。それよりも、今は俺達が二人に追いつく為にも早く動かないとだろ。この作戦のリーダーは俺だが、総指揮官はお前だ。お前が指示を出さなきゃ作戦が始まらん」

「わ、分かった。全員いるな、俺達も作戦開始だ。二人に続け!」


 ダンさんの指示で全部隊はそれぞれ別の方向へと進み始め、作戦は開始した。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲


「シン君」

「何ですか?」

「修行の最後に私が言ったこと、覚えていますか」

「覚えてますよ! 竜気を会得したとは言え俺はまだその扱いに慣れていない。だから使う時は一気に最大出力を出さずに少しずつ段階を踏んで解放していく」

「それが分かっているなら大丈夫です。思う存分暴れましょう」

「はい、元からそのつもりです!」


 二人は速度をさらに上げ、青く澄み渡った大空を突き進む。


 偵察部隊との合流地点から敵アジトまでは約20分。しかし二人の進む空に障害物は無く、その速さも人が歩く速度とは比べ物にならない。

 そんな二人が真っ直ぐに目的地へと向えば移動にかかる時間も当然大幅に削られる。


「見えてきましたね」

「あれが敵のアジト……グレンさん、ここからは俺一人で行きます」

「分かりました」


 シンは敵のアジト目前でグレンと別れ、止まる。


「思ったより早く着きすぎたな。他の部隊が来るまでまだ時間がかかりそうだ」


 シン達二人が革命軍リベリオンアジト到着までにかかった時間は約5分。他の部隊が来るまでは早くとも後に10分以上はかかる。


(まぁでも、ちょうどいいか)


「来い、クラウソラス」


 シンが呟き、前方に手を出すとそこに光の粒子が集まりやがて太陽の様な一振りの剣が姿を表す。シンはそのまま愛剣を掴み平行に構えた。

 

 修行の間での特訓で何とか竜気を会得したシンだったがその強大な力を扱いこなすにはまだまだ経験が足りない。今のシンが竜気を使うには精神を落ち着かせ、予め準備をする必要があった。


 今のシンの実力では竜気の解放までにかかる時間は精神統一を開始してから10分。その間シンは完全無防備な状態となる。


(サヤ、あと少しで助けに行く。だから、それまでどうか無事でいてくれ)


 その思いだけを胸に、シンは着々と竜気を練り始めた。

 そして10分後。勇者はその眼を開く。


「竜気解放」


 その瞬間、シンの体を淡い光が包み込む。光は徐々に広がり、全体を包むとやがて儚く消えた。直後、シンの放つ重圧が何倍にも膨れ上がり、辺り一体を揺らす。


「『プリメラ』」


 シンが竜気を解放すると内に内包する魔力は湧き水の如く増え始め、やがて体中から収まりきらない魔力が光の粒子となって吐き出される。


 その光景をグレンは少し離れた場所で見守っていた。


(今のシン君では40%程度の出力しかないプリメラでさえも体がその急激な魔力の増加に耐えきれず、光の粒子として魔力を漏れ出してしまう。言ってしまえば魔法を使っていなくとも常に魔力を消費している状態だ。つまり、竜気を解放していられる時間も限られてくる。持って10分と言ったところか)


 グレンの考えは正しく、それはシン自身も理解していた。


(タイムリミットは10分。それまでにサヤを助ける!)


「その為にも、やる事は手っ取り早く!」


 シンはクラウソラスを左腰に付けた仮の鞘へ収め、革命軍リベリオンアジトへ向けて両手をかざし魔力を集める。


「『竜の咆哮ドラゴニック・ロア』」


 ドドドドッ!!


 シンが放った巨大な魔力の塊は一直線に革命軍リベリオンのアジトへと迫り直撃。上空から地下室まで貫通させるほどの威力を見せた。


「あれ、少しやり過ぎたかな」


 そう言うとシンは両目に闘気を集め、視力を上げる。


(良かった、あの中にサヤは居なさそうだな)


「……もう少し待っててくれサヤ。今助けに行くから」


 シンは再度眼科の敵を見つめ、左腰の聖剣を抜き、振りかざす。


「さぁ、作戦開始だ」

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