第5章 神竜国ドラグリア編 八十九話 虎の縄張り


(結構奥まで来たな。歩き始めてもう2時間近く経つか)


 食糧難に襲われ、その現状を打破するために森の奥深くへと歩き始めたレオと虎だったが普段の倍近くの距離を歩ききった所で一旦休憩をしていた。

 今回レオ達が進んだのは東西南北の内2番目に危険だと思われる南の方角だった。


 ちなみに、レオが今回同行している虎と出会ったのもここより更に浅い所ではあるが同じ南の方角だったりする。


「それにしても、奥に進めば進むほど魔物どころか普通の動物の数も少なくなってる気がするけど。本当にこっちの方向で大丈夫なのか?」


 そうレオは虎に問いかけるがもちろん答えは帰ってこない。


「はぁ、まぁ今はお前に着いていくしか無いからな。しっかり頼んだぞ」


 レオの懇願にも虎は素っ気なく返すだけだ。


(でも、こいつが東の方角に歩いていかなくて良かったな。あそこは今の俺でも生きて帰ってくるのが精一杯だ。もしかしたらこの虎でも捕食対象にされるんじゃないかってレベルで東の魔物は桁が違いすぎる)


 これはレオの推測だが1番魔物のレベルが高く危険なのは東、時点に今回奥まで向かっている南だ。

 この2つは西と北に比べて魔物の数も多くその大きさも中型から大型が多い。何より魔物の知性がそれなりに高く戦闘技術も一般的な軍人レベルに備わっているのが厄介な点だった。


(それでも南は何とか勝てる魔物も居たんだけどな。東は1人じゃ全く相手にならない)


 一対一であれば東の魔物でも時間をかけて倒すことはできるが時間をかければかけるほど音につられて他の魔物まで集まるためなかなかそう上手くはいかない。


(その点西と北はかなり楽だ)


 北は主に小型の魔物が多く基本どの魔物も群れで行動していた。その為群れを生しているのは少し厄介だが4つの方角の中でも比較的楽に行動ができる方角でもあった。

 そして1番危険性の低い方角がレオが最初に行った西だ。西の方角には戦闘のできる魔物は殆どおらず基本的に敵意のない魔物と小動物で生態系が作られている。だが、中にはレオのこの空間においての初戦闘相手である蜘蛛の様に、厄介な魔物がいない訳でもない。


「けど、あいつも今となっては対策ができたし攻撃さえ当たらなければそこまで手こずりはしないしな」


(あの蜘蛛の厄介な所と言えばその強度と吐き出される糸の効果だ。つまりは糸に当たらず一撃で仕留めるだけの威力で攻撃すれば問題無く勝てた)


「ガルル」

「お、そろそろ行くか」


 レオがこの1年半の思い出を振り返っていると虎が立ち上がり低い声を発した後ゆっくりと歩き出した。


 そこからさらに歩くこと数十分、再度前を歩く虎が歩みを止める。


「ガルルルッ」

「ん? どうした」


 何かあったのかとレオが声をかけると虎はいきなり今日1番の大きさで唸り声をあげた。それはもはや唸り声と言うよりも雄叫びに近い。

 さらに驚いた事に虎が雄叫びを上げてから数秒後、辺りの草むらや木々の奥から虎と同じ見た目をした恐らく同じ種族だと思われる魔物が続々とレオ達の周りに集まりだしたでは無いか。恐らくここはこの虎の故郷の様な場所なんだろう。


「なっ! お、おい、どう言うことだよこれ、もしかしてお前騙したのか!?」


 騙したも何も虎はただ最初から家に帰っていただけだ。それを都合よく解釈したのはレオであって虎は何も悪くない。だが、結論から言えばレオが考えているような事にはならなかった。


 周りに集まった虎達はレオを襲うでもなくただじっと見つめ同行していた虎が人泣きすると数匹の虎はまた森の中へと戻って行った。


「あ、あれ?」

「ガルル」


 虎はレオの方を向きまたひと泣きするとさらに先へと歩き始める。


「お、おい! 待てよ!」


 とりあえず今襲われる事は無いと感じたレオは引き続き虎の後を着いて行った。先程までと違うことと言えばこの場に残っていた数匹の虎に加え子供なのかまだ小さい虎達も虎に続くレオの後を着いてきたことだ。


「こいつらってお前の仲間なのか?」

「ガルル」


(うん、まぁ聞いたところで返事が返ってきたとしても理解出来る気はしなかったけどさ)


「でも、多分『そうだ』みたいなこと言ってるんだよな」


 そのレオの言葉に虎は何も答えず只管歩く。


 そうして数分間歩いたレオの目に映ったのは山のように積まれた小動物の亡骸だった。


「もしかして、これって……」

「ガルッ」

「えっと……貰っていいのか?」

「ガルルッ」


 何となく虎の行動を察したレオが聞くと虎は首を縦に降り返事をした。


「ははっ、そっか。ありがとな」

「ガルッ」


 これだけの亡骸を見ると少し申し訳なく思う気持ちも出てくるが自分が生きていくためには仕方ないと割り切りレオは亡骸の山の前で1度手を合わせる。


(にしても凄いな、こんなにあるのに見た限りじゃ腐ってるのなんて1つも無い。どれも新鮮な肉だ)


 そんな事を考えつつ、レオが1つずつ丁寧に亡骸を手に取っているとレオの後ろにいた子供の虎たちが元気よくこちらへ来て1匹ずつ加えるとレオの足元に置いていく。


「がるっ!」

「がるるっ!」

「がる、がるっ!」

「お、お前達もくれるのか? ありがとう、大事に食べるよ。それにしても、可愛いなぁこのこの!」


 レオが子供の虎たちを1匹ずつ優しい手つきで撫でていくと各々気持ちよさそうに声を上げはしゃぎ回る。


(こいつら随分と人懐っこいな。でもなんでだろ? ここにあんまり人が来ないから人に興味があるのか?)


「ガルルッ」


 レオが子供の虎たちと戯れていると虎が徐に近づい来る。


「もう帰るのか?」


 どうやら虎はここまで来るのにかかった時間を考えもう帰る事を提案しているらしい。


(ほんとに賢い奴だな。けど……)


「心配しなくて大丈夫だよ、俺にはこれがあるからな」


 そう言ってレオは戦闘では空間魔法を封印していたため未だ虎には見せたことの無い転移門ゲートを出してみせる。


「これを使えば小屋まで一瞬で帰れる。だからもうしばらくこいつらとも遊んでいられるよ」

「……ガルルッ」


 レオの説明を聞いて理解したのか虎は他の虎達と共に山積みされた食糧を幾つか加えて各々森の中へと消えていった。

 その後他の虎たち同様森の中へと消えていった虎だが、レオが転移門で帰ろうとした少し前になると何故か子供の虎たちと遊ぶレオの元へと戻ってきていた。


「ちゃっかりお前も着いてくるのな、まぁ俺はせっかく仲良くなったし嬉しいけど」

「がるる」

「がるがる」

「がるぅ」


 そうしてレオが転移門を潜ろうとするとれが帰ることを察したのか子供の虎たちが寂しそうに足にすり寄ってくる。


「大丈夫だって、この魔法を使えば何時でも来れるから。また遊びに来るよ」

「がるるっ!」

「がるっがる!」

「がるぅ!」

「ほんと、可愛い奴らだなぁ〜、このまま家へ持って帰りたいぐらいだよ」


 レオは3匹の子供の虎たちを順に持ち上げ撫でると別れの挨拶を告げる。


「それじゃあ、またな」

「ガルル」


 レオについで虎も挨拶をするとレオより先に転移門を潜る。それに続いてレオも転移門を潜ろうとすると後ろから子供の虎たちの元気な声が聞こえてきた。


(多分挨拶を返してくれてるのかな。これは近い内にまた来ないと)


 3匹の声を聞き届け、レオは後ろを振り返りながら手を振り転移門を潜った。


 こうしてレオは、当分の間の食料を手に入れ何とか食糧難を乗り越える事に成功した。

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