第5章 神竜国ドラグリア編 八十八話 基礎


「重心をもっと低く、打ち込みが甘い、一撃が軽い。そんな様では気を会得するなんて夢のまた夢ですよ」

「クッ……ハァッ!」

「遅い」


 ギィィン――


 上段から振り下ろしたシンの攻撃は振り切る前に下段から攻撃された事により防がれ、逆に剣を後方へと弾き飛ばされてしまう。


「もしこれが普通の戦闘なら、君はたった今死にました。それが今の君の実力です。たった1年修行した程度では私に傷1つ付けることすらできない」

「……どうすれば、もっと強くなれますか」

「基礎を学びましょう。この1年間君の実力を知ろうと私を動かすと言う課題を出しましたがここからは基礎に入ります」

「基礎?」

「はい、さっきも言った通り君の攻撃は軽い。その理由は重心と打ち込みの甘さにあります。素人が少しでも鋭い一撃を放ちたいのならまず重心を低くし、上半身だけの力ではなく下半身の力も使いましょう」


(なるほど、今までの様に上半身だけ使っているのじゃ一撃に力が入らないのか。)


「そう言う事です。今まではそれで何とかなってきたかもしれませんがここから先はそうもいかない。君の戦い方が分かれば全員それに対応してきます。そうすれば君に勝ち目はない。何故なら今の君は膨大な魔力量に物を言わせてただ早く動き、鉄の棒を振り回しているだけだ」

「……っ」

「素人なら素人らしくまずは基礎を学ぶこと。これは何事においても重要な事です。という訳でこれからは1日100回重心を落として素振りをしましょう。まずはこれを1週間続けその後どれだけ結果が出ているか確かめるためにもう一度私と一対一の模擬戦です」

「はい!」

「1週間では足りないと思うのでその都度悪い点を見つけ改善していきましょう」


(まぁ彼の才能なら基礎程度2週間もあれば十分だと思いますが)


「グレンさん、1ついいですか?」

「はい、どうぞ」

「さすがに素振り100回だけだと時間が余ると思うんですけど、それ以降は何をするんですか」

「そうですね、打ち込みでもしましょうか。これも相手に深いダメージを与える場所を覚えるのに打って付けですし。あ、それと……素振りはただ振るだけじゃダメですよ。ちゃんと重心を意識して振るんです。それが出来ていなければまた最初からと言うルールにしましょう」

「それは、割と時間がかかりそうですね……」

「何、ゆっくりやればいいんですよ。何しろまだ9年も時間があるんですから」


 そうして、鬼教官グレンによる特訓が始まった。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


 あれから半年、1日100回の素振りも今では日課となり、最初の頃に比べかかる時間もかなり短くなっていた。


「この半年で中々様になってきましたね」

「そうですか?」


(最初の1週間は度々重心を意識し忘れて素振り100回を終えるまでにも1時間程度かかっていたのに今ではものの数分ですか。短い人生の中で生きる人族の成長は凄まじいですね。中でもシン君、君は才能に恵まれている)


「そろそろ本格的にオーラの会得に入りましょう。と言っても無意識の内にこの半年で君は闘気の感覚を掴んでいる。あと半年後には闘気を扱える程度にはなっているでしょう」

「じゃあまずは闘気からですか?」

「そうですね、と言っても闘気とは人族や亜人、獣人がその道を極める過程で自然と身に付けるものです。なので変わった事はせずシン君もこれまで通り素振りを続け打ち込みをする。そうして、剣の道を極めれば自ずと闘気も会得できます」

「分かりました」

「後はそうですね……今では基礎訓練にかかる時間も大幅に減っていますしこの辺りで体も丈夫にしておきましょう。竜気を扱うとなればそれなりに体の強度が高くなければ自爆しかねませんからね」

「グレンさん、そう言うのはもっと早く言ってくださいよ……」


 シンは肉体作りをせずに竜気を使った時の事を想像し青ざめる。


「普通に考えれば分かると思ったんですが……ほら、普通壁を本気で殴れば自分にもダメージがあるでしょう? 言ってしまえばそれと同じで強大なパワーに普通の肉体では体自身が耐えられないんですよ」

「な、なるほど……」


 残念な事に、シンは馬鹿だった。こうして分かりやすく説明してもらってやっと理解できるのだ。


「それじゃあ少し休んだ所で修行に戻りましょう。時間はまだまだありますが、それでも竜気の習得にはかなり時間を使いますから。それ以外の事は早めに覚えるに超したことはありません」

「はい!」


 こうしてシンは、少しずつ着々と実力を伸ばして行った。一方その頃、隣の部屋のレオはと言えば……


「食料が、尽きた……」


 食糧難に襲われていた。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


(考えても見ろ1日3食、偶に2食、そうして毎日何かを狩って食べていればその生態系はいつか滅びる。そうなればまた生まれてくるまで食べる物が無いじゃないか)


「この1年半、何とか近場で生活してきたけど、そろそろ森のもっと奥まで行ってみるか」


(ちょうどいい移動手段も最近手に入れたし……)


 そう内心で呟きつつレオは数週間前から結界の外に居座るようになった虎に目をやる。こいつとも何だかんだ長い付き合いになってきた。


「そりゃあ毎日顔と手を合わせてれば長い付き合いにもなるか。約1年間毎日だもんな、家族と同じ頻度だ」


 そんな冗談を言いつつレオは結界を出て虎の元へ近づく。


「ガルルッ」


「こいつ、『何だ、今日もまたやるのか』って顔してるな。今日はお休みだよ」

「ガルッ」

「食料が無くなった。良い機会だしもう少し森の深いところまで行ってみようと思ってな。お前も来るか?」

「ガルッ」


(? 突然歩き出してどうしたんだ?)


「ガルルッ」


「振り返った、もしかして着いてこいって言ってるのか?」

「ガルッ、ガルル」

「そっか、よし! それじゃあ行くか!」


 そうして変わった色の虎と人1人と言う異色のコンビは森の奥深く、未開の地へと旅に出た。まだ見ぬ食料を求めて!

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