第5章 神竜国ドラグリア編 八十七話 ファンシータイガー
俺は風、風になるんだ。
雄大な森を疾風の如く身軽に駆け回れ。でなければ、レオナルド・フォン・リヴァイスはここで死ぬ!
「死んでたまるかぁぁぁ!」
「ガオーッ!」
今の状況を簡単に説明すると死にそうだ。
何でそんな事になってるかって? そんなの俺にも分からない。
いや、正確に言えば分かってはいるけど現実を受け入れたくないだけである。
「って、そんな事考えてる場合じゃない、今はとにかく逃げないとぉぉぉ!」
そうして俺は必死に足を動かす。背後に迫る狩人から生き延びるために。
(にしたって、何であの虎こんなに早いんだよ! こっちは光魔法で限界まで身体能力上げてるんだぞ!?)
だが、レオがいくら理不尽な現状に不満を抱いていたとしても現実は非情なまでに彼を追い詰める。
背後に迫る鋭い牙、獲物を狙うつぶらな瞳、女児が読む絵本の中に出てきそうな程可愛らしくデフォルメされているその姿からは想像も出来ないほどの脚力。
「大体、見た目とスペックが違いすぎるんだよぉぉぉ!」
レオがこの空間に入ってから早くも1年が過ぎた。
ここで過ごす内に自分が今までどれだけ空間魔法に頼りきっていたのか実感したレオは約半年前に戦闘での空間魔法の使用を禁止すると言うルールを自身に課していた。
それから楽ではない日々を過ごしていく中でこの虎との因縁が生まれ、既にこの追い追われると言う戦闘とも呼べないような事を幾度となく繰り返している。
結果は全戦全敗。レオは未だにこの見た目だけは愛らしい虎に勝てずにいた。
この虎、名称をファンシータイガーは牙は鋭いものの爪はそこまで鋭利ではなく腕から繰り出される攻撃も上質な枕でぶん殴られた程度の威力である。
ただし、その凄まじい筋力から繰り出されるなぎ払いはいくら柔らかいとは言えども気を抜けば吹っ飛ばされてしまうが。
「あいつの攻撃は噛みつきさえ避けてれば何とかなる問題はあのスピードだ。まず動きを鈍らせないと攻撃も当てられない」
何とか木の影に隠れ逃げ延びたレオは、キョロキョロと辺りを見渡し自身を探す虎への対策を考える。
(当然だが空間魔法は使わないとして、闇魔法で動きを鈍らせるか? いや、ダメだ。それだと攻撃するのに近づいた時俺もそっちに引っ張られてしまう。となると後は光魔法、時間魔法、破壊魔法、創造魔法のどれかで足止めするしかないか)
そこでレオは1つの可能性を見つけ出す。
(足を止めるのが無理なら無防備になった所を狙うのはどうだ? 無防備な所と言えば寝てる時か食事中か。さすがにこの状態であいつが寝るのを待つのは現実的じゃない。だとすると食事中になるけど……今その獲物として狙われてるの俺じゃん!)
「いや、でも発想はいいぞ。動きを鈍らせて攻撃を当てるのが厳しいなら相手の隙を付く。これは戦闘において大事な事だ。食事中を狙うって方法も1番いいはず、なんたってあいつの武器はあの鋭い牙。食事中はそれが使えないって事だからな」
(けどその獲物が俺って言うのがな。何か他の動物を捕まえてくるかもしくは俺が食われるか。さすがに後者は無いな。前者もそれをしてる間にあいつに見つかる可能性の方が高い)
「ん? ちょっと待てよ、別に食事をさせなくても口を塞げればいいよな? ……っ! よし、物は試しだ!」
そしてレオは咄嗟に思いついた作戦を実行するべく虎の前へ出る。
「ほーら、美味しい美味しいお肉だぞ〜」
「ガルルル、ガアッ!」
レオの誘いに乗った虎は真っ直ぐにその自慢の脚力でレオに接近していく。
十分な距離まで近づき、獲物を食い荒らす顎を開け、いざ獲物へと飛びかかったその時だった。
「今だ! 『
「ガルッ!?」
開かれた虎の口に巨大な岩石が詰め込まれた。
突然の自体に一瞬何が起きたのか理解が追いつかない虎は賢明に口に挟まれた岩を噛み砕こうと試みるが限界まで開かれた口ではなかなか上手く噛み砕くことは出来ない。
「ガッ、ガルッ!」
「よし、口は塞いだ!」
相手の武器を封じたレオは千載一遇のチャンスを逃すまいと白夜を振り下ろす。
だが一瞬、レオは躊躇った。
(この半年間で俺は少しずつでも成長出来た。それはこの虎がいてくれた所が大きな理由でもある。そんな奴をこんな卑怯なやり方で殺してしまってもいいんだろうか? こいつには、もっと正面から戦って勝たないといけないんじゃないのか……?)
そんなレオの一瞬の隙を見逃さず、虎は右腕を振りかぶりレオ目掛けて大薙ぎを放った。
何とかそれに反応し白夜で防ごうとしたレオだが一瞬の差からその攻撃をモロに食らってしまう。
「グハッ!」
そのまま数メートル先の木まで吹っ飛ばされ、木への衝突で止まったレオは、木とぶつかった衝撃によりその場で意識を落とした。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「んっ……あれ、ここは……」
目を覚まし、レオが辺りを見渡すとそこは自分が拠点に使っている小屋の周囲を囲う結界のすぐ側だった。
「ん……確か俺は虎との戦闘で気を失って……あれ、じゃあなんでここに?」
一体誰が運んだのだろうか。そうレオが考えていると自分の懐にある温もりに気づく。そこにあったのは小さい体に黄色いふわふわとした毛並みを持った小さな虎だった。
「この虎って、もしかして……っ!」
レオが何かに気づくと同時に虎は目を覚ましレオの足の上へと座る。
「お前は俺と戦ってた虎なのか? もしかして、俺をここまで運んできてくれたのもお前が?」
「ガル」
その小虎の鳴き声がレオには何故か返事をしているように聞こえた。
(毛の色も似てるし可愛い見た目もほとんど一緒だし何より小さくなっても現在のこの牙。さすがにこの状態なら噛まれても対して痛くは無さそうだけどこのサイズの虎にしては立派な牙だ)
そんな事をレオが考えていると小虎はレオの足から降り、森の方へと歩き始めた。
「あっ、ちょ、おい! 待てよ」
レオが引き留めようとしても小虎は歩みを止めない。
「はぁ、今度相手する時は手加減してくれよなー」
そうレオが声をかけると「ガルッ」と小虎は小さく鳴き、森の中へと姿を消した。
(今の鳴き声は肯定だったのだろうか、それとも馬鹿な事を言うな的な否定の意味だったのだろうか。まぁどっちでもいいか)
「……また何時でも来いよ」
既に見えなくなった小虎の背中へそう言い残したレオは小屋の中へと入り明日に向けて体を休めた。
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