第5章 神竜国ドラグリア編 八十二話 竜王


 グレンさんに連れられて竜皇殿に入った俺達はエントランスの奥にある広間へと案内された。


「王はこの奥でお待ちです。皆さん、準備はいいですかぁ!」

「「お、おぉー?」」


 楽しげなグレンさんの掛け声に反応したのはガゼル君と俺だけだった。


 心做しかグレンさんがこの状況を楽しんでいる気がするんだが気のせいか?


「うーん、声が少ない気がしますが元気はあるみたいですね。それでは扉を開けますよ」


 ギギィィィ


 グレンさんの開けた広間へと続く扉はいかにもと言う様な音を立てて徐々に開いていく。

 その扉はとてつもない大きさで学院の教室よりも一回り近く高い。


 その扉を片手で開けちゃうんだからやっぱりこの人は普通の人間じゃないのだろう。


 そんな事を考えつつ俺達はグレンさんの後に続き扉の先へと進む。その通路の横幅は屋敷の部屋よりも広く天井も高い。そう、まるで人では無く人間よりももっと大きな生物が通ることを見越して作られているような感じだ。

 金色を基調とした王城に対し、白や灰色が主に使われているこの場所は、どちらかと言えば神殿や遺跡、教会に近い。まぁ教会以外は行ったことないんだけど。


(本当にここは竜の国なんだな)


 思えば国に入ってからここまで来る道中、あまり竜のような巨体を見てこなかったからか今の今までここが神竜国だと言うことをどこか信じきれていなかったな。それがこの空間に入ってやっと実感が湧いた気がする。


「皆さんお疲れ様でした。到着しましたよ、この扉の先が我が国の王が待つ『竜皇殿 玉座の間』になります」

「この先に竜王が……」


 扉越しでもビシビシと伝わってくるその圧倒的なまでのプレッシャーに俺はその場で息を呑む。


 そして、遂にその扉は開かれた。

 部屋の雰囲気は今まで通った通路と似ているが所々柱の造形が違ったり壁には多くの壁画が描かれている。何より目を引くのは部屋の最奥に位置する大きな玉座とそこに座る1人の人物だ。


「お待たせしました、竜王。皆様をお連れしましたよ」


 グレンさんが言い終わると同時に竜王は俺達5人へと目をやり口を開く。


「ほう、お前達が……。よく来たな、歓迎しよう。目的は既に聞いている」

「で、では、協力していただけるという事ですか?」


 メルト先生の問いかけに対し竜王は深く頷く事で返事を返す。


「嗚呼、だが協力するにあたって幾つか条件がある。まず、そこの銀髪の少年に関して我々が手を貸す事は出来ない。これは施設や設備の一部国の中にある場所を貸すことも不可能だ」


(アレクには一切の手助けが出来ない? それってどういう……)


「少年、君が疑問に思うのも仕方ない。だがこれには少し面倒な事情があってな。本人以外に伝える事も出来ない」


 どうやら竜王は俺の思考を読んだらしい。俺が考えていた疑問にはそう答えられた。


「分かりました。俺の事はその条件で構いません。それで、幾つかという事は他にも条件はあるんですよね?」

「話が早くて助かる。残る条件はあと2つだ。この竜皇殿には特殊な部屋が2つある。だが、入るのはどちらも1人ずつだ。人もこちらで選ばせてもらう。グレン」

「はい。まず1つ目の部屋ですが、そこには私と一緒にシン君に入ってもらいます」

「っ! ……はい」


 そう言ってグレンさんはシンの方へと目を向け、当のシンは力強く返事をする。


(ん? ちょっと待て、俺達はまだ自分の名前を伝えられていないのになんでグレンさんは今シンの名前が分かったんだ。相手の思考を読めるとそんな事もできるのか?)


「レオナルド君の疑問には後程答えるとして、そんな君には2つ目の部屋に入ってもらいます」

「は、はいっ!」


 俺が返事を返すとグレンさんは柔らかい笑みを浮かべて頷いた。


「話は終わった見たいだな。それじゃあ早速……」

「まだ大事な事が終わってませんよ、竜王。自己紹介がまだお互いに出来ていません」

「おっと、そうだったな。グレン以外はまだお互いの名も知らなかったか」


(グレンさん以外? 確かにグレンさんは俺達の名前を知ってるみたいだけどそれは竜王も同じじゃないのか)


「相手の名が分かるのは竜人の能力ではなくこいつの能力だ。当然俺は自己紹介をしないと名前も知れん。まぁこいつのせいでそこの2人の名前は分かるがな」


 竜王は悪態をつきながらグレンさんを睨みつける。竜王に睨まれたグレンさんはと言えばどこ吹く風と言った様子だ。


「なるほど、そう言う事なら我々から名乗らせていただきます。俺の名前はメルト・フィンゲート、ルステリア王国にある魔法学院で教師をしています。こっちの銀髪がアレックス・フォン・アルカードそれとこっちがガゼル・ベネットです」

「メルトとガゼル、そして……なるほど、こちらの世界ではそう名乗っているのか」


 3人の名前を復唱すると竜王は何か考え事をするかの様に顎に手を当てた。


(? 今、竜王が何か言ったような……)


 そんな事を思いつつ隣のアレクを見れば何やら目を見開き大量の汗をかいている。


「アレク? すごい汗だぞ、どうしたんだ?」

「い、いや、何でもない。俺の事は気にするな」

「……分かった」


 気にならない訳では無いけどアレクそう言うってことは今は触れられたくない事情があるんだろう。


「竜王、どうかなされましたか?」

「いや、少し考え事をしていただけだ」

「そうですか、それじゃあ次は竜王の番ですね」

「だな」


 グレンさんに促され竜王は玉座から立ち上がり1歩前に出る。


「我が名はゼファー。神竜国ドラグリア4代目竜王、暴嵐竜ゼファーだ」


 竜王がそう名乗ると竜王の体が光り始め徐々にその姿を変えていく。


 皮膚は緑がかった黒い鱗へと変わり、背中には凛々しく大きな翼が2つ。そこに現れたのは、紛れもなく百連千間の竜だった。


「これが、竜王の本当の姿……」

「レベルが、違いすぎる……」


 シンと俺がそう呟いた直後竜王は再度光り始め元の姿へと戻った。


「こんな感じでいいか?」

「えぇ、バッチリでしたよ。特に最初の我が名は〜の所とか。一人称が我の竜王も面白そうですね」

「グレン、とりあえず貴様は後で八つ裂きにする」

「おー怖い怖い。それより竜王、何か声をかけてあげなくてよろしいのですか? 皆さん驚いているようですし」

「あぁ、驚かせて悪かったな。自己紹介も終わった事だ、ここからは各々鍛錬に励んでくれ」

「は、はい。ありがとうございます」


 メルト先生が頭を下げたのに続き俺達も竜王に向けて頭を下げる。


「それじゃあレオナルド君とシン君の2人は私に着いてきてください。部屋まで案内します」


 そうして歩き始めたグレンさんの後を俺はシンと共に着いて行った。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲


「さてと、それじゃあ俺達はどうするか。場所を貸して貰えたと行ってもまだどこに何があるかも分からないしな」

「それならばこの裏に小さな森と滝がある。そこを使うといいだろう」

「あ、ありがとうございます! だが、そうなるとアレクはどうするか。確かこの国の中にある場所は修行に使えないんだよな」

「それなら……竜王、少し世間話に付き合って頂いてもいいですか」

「なっ! アレク、お前何言って……」

「構わん」

「りゅ、竜王!」

「俺もお前と少し話さなければいけないと思っていた。悪いが、2人だけにしてもらえるか」

「わ、分かりました……」


 そう言うとメルト先生達2人は俺と竜王を残し部屋を後にした。


「それで、俺に何が聞きたい。アズマレイジ」


 今はもう、聞きなじみのないその名前。けど未だ鮮明に思い出せる当時の記憶。

 しばらく呼ばれていなかったその名前で俺をよんだ竜王はその鋭い眼をこちらに向けた。


「そうですね……とりあえず、あなたの知っている事を教えてください。どこまで知っているのか、何故知っているのか、そして、さっきの面倒な事情とは何なのか、その全てを」


 竜王の言葉に対し俺がそう答えると、竜王はゆっくりと口を開き喋り始めた。

 俺の、アレックス・フォン・アルカードでは無く、東霊司の情報を。

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