第5章 神竜国ドラグリア編 七十六話 緊急事態


 数時間後、俺は王城の中庭で何故か


 一体、何故こうなった……


 事の経緯を説明すると、予定の時間に突然中庭に呼ばれた俺達が目にしたご馳走と言うのがなかなかお目にかかれないヤマト王国から仕入れた高級肉の事で、その肉の1番うまい食い方はシンプルに焼いて塩を振るだけだと言いながら自分で肉を焼き始めたのだ。

 流石に国王自ら肉を焼いてもらうのは悪いと思って俺が意見すると「ならばどちらが上手く焼けるか勝負だ」と言い出され今に至るわけだ。


 よく考えてみると、国王が焼くって言い始めても使用人の人が誰一人として止めに入らないって事は普段からこんな感じなのかもしれないな。


「それより……」


 この人肉焼くの上手すぎるだろ!? 焼き加減も何もかも絶妙すぎるし本当に素人か?


「ふっふっふっ、どうしたレオ。その程度か?」

「クッ……というか、何でそんなに上手いんですか!」

「舐めてもらっては困る。これでもガキの頃は家督を継ぐのが嫌で無駄に料理人の道へ進もうと努力していた事もあるんだ。まぁ、良く考えれば俺に兄弟はいないしその道は断念せざるを得なかったんだがな」


 本当に何やってんだこの人は! 子供か! いや、子供の頃の話だけども。


 内心ではあるが思わず国王に向かってそんな事を言ってしまう程にその情報に俺は呆れていた。


「それよりいいのか。お前の肉、今にも焦げそうだぞ。肉もまともに焼けん奴に娘はやれないなー、そういえばこの肉物凄い高かったんだよなー。ほれほれ〜」


 訂正しよう、この人子供だ。この際国王とか関係なく言わせてもらおう。俺が将来義理の息子になると決まった途端に掌返していじり始めやがったこいつ!


 結果。勝負は当然俺が負け、焼いた肉の内半分の焦げた肉ももちろん自分の腹に収めた。


「はぁ、まるでアレクが2人に増えたみたいだ」

「すいません、お父様が迷惑をかけちゃって」

「うん、でも何だかんだ言って俺も楽しかったし嫌だとは思ってないよ。国王様とも前より親しみやすくなった気がするし」


 その時、俺とアリシアのやり取りを聞いていたのか国王がこちらへ歩いて来る。


「レオ、1つ言っておく。お前に国王様等と呼ばれる筋合いは無い! お義父さまと呼べ」

「お、お父様、急に何言い出すんですか!」

「なんだ、今から慣れていた方が後々呼びやすいだろう? なぁディーナ、お前もそう思うだろう?」

「あなた! 少し飲み過ぎですよ、それ以上周りに恥を晒さないでください! 国の王が迷惑をかけてどうするんですか」


 突然何を言い出すかと思えば他の人もいる中でお義父さま呼びを推奨されると言う自体に陥った。どうやら国王はお酒を飲んでいるらしい。


「レオ君、ごめんなさいね。この人身内の集まりになるとすぐこれで……。普段はアルカード公爵が相手をしてくれるんだけど今日はそうもいかないから。きっとこの人も、レオ君が将来家に来てくれるのが嬉しくて年甲斐もなくはしゃいでいるのよ」

「謝らなくても大丈夫ですよ。さっきアリシアにも言ったんですけど俺も国王とこうして話せて楽しいので。それに、実際将来のためにも呼び方は今のままともいかないですし」


 嬉しいなどと言われてしまえば嫌なんて思えるわけないじゃないか。どの道いつかはそう呼ぶことになるんだし早いか遅いかの違いであるのは間違いないしな。


「それじゃあ、後は若い2人で楽しんでね。私はこの人にお水飲ませてくるから」


 そう言ってディーナさんは国王を引きずってメルト先生達の元へと向かった。それと入れ違いで俺達の元にアレクやサリー達がやって来る。


「それにしても、お前達が付き合うとはなぁ。いつからそんなに距離が縮んでたんだ?」

「夏合宿最終日の朝、お前がグッスリ寝ていた時だ。どうせ数日後に知ることになるのに態々言う必要も無いだろう」


 ダリスの質問に答えたのは俺ではなくアレクだった。


「確かに、傍から見てもいつかくっつくとは思っていたけど、まさかこんなに早いとは想像もつかなかったな」


 そう茶化して来たのはルイだ。この食事会には叙勲されたメンバーが呼ばれて居るのだが今回はその活躍への報酬と言うことで叙勲を辞退したメルト先生とルイにもお呼びがかかったらしい。何でも国王から強制参加と言われたとか。

 まぁ、2人とも食事会自体はタダで美味い飯が食えると乗り気だったみたいだけど……


「これは意外と、結婚するのも早そうだね」

「あっはは、そうなれるといいんだけどなー……」


 ちなみに、ルイには俺とアリシアが学院卒業後結婚する事は伝えていない。あんまり広げすぎて噂になるのを抑えるためだ。聞かれた場合も付き合っている事は隠さないが2人の年齢を考えても式の予定は未定と伝えるらしい。


 卒業後の事を知っているのも今はあの場にいたアレクとサリー、それと両家の家族とその使用人達だけだ。他にはこと後メルト先生とダリスだけには伝える手筈となっている。


 メルト先生は担任でもある事から事情を隠す訳にはいかず、本人もその辺は仕事として捉えると言っており誰かに漏らす心配も無いと判断したからだ。ダリスに関しては俺の幼馴染でいつまでも隠しておくのも悪いからだ。こう見えて口は硬いし約束は必ず守るというのも知っている、何も心配する事は無い……はずだ。


「まぁ、なんだ。あまり2人の時間を邪魔しても悪いしな。俺達は移動する」

「それじゃあねアリシア、ごゆっくり〜」


 そうしてアレク達3人は少し離れた場所へ移動し、追加で運ばれてきた食事を食べ始めていた。


 あの2人、以前にも増して俺達をからかっている時の顔が楽しそうだ。意外とあそこ2人も気が合うんじゃないか?


「そう言えば、アリシアはもうご両親以外に伝えたのか?」

「はい、あの後お父様からお姉様達には連絡してくれたみたいです」

「そっか、俺も兄さん達には連絡しておいて――」


 その時、王城から中庭へと出るための扉が勢いよく開かれ、その場に居た全員がそちらへ目を向ける。俺も皆同様扉の方を見る。そこに居たのはどちらも俺より年上だと思われる美女2人だった。

 1人はカレンより少し年下だろうか綺麗なプラチナブロンドの髪を風に靡かせている。

 もう1人は俺達より少し年上そうなディープレッドの髪をしたショートヘアーの女性だ。


 あの髪色、どこかで見たような……


 すると、2人は俺とアリシアの方を見て――


「「居た!」」

「お姉様!」

「え、お姉様?」


 どうやら美女2人はアリシアのお姉さんだったらしい。道理で見たことがあるはずだ、この人達の事も5歳の披露宴の時に確か見かけている。

 2人は俺達を発見すると慌ただしくこちらへ駆け寄ってきた。


「もうっ、いきなりお父様から「アリシア結婚するって」って連絡があってびっくりしたんだから!」


 いや、国王よ。些か娘の人生においての一大イベントを軽く報告しすぎではないか?


「それで、その事は本当なの?」

「え、えぇと、……はい……」

「そ、そんな……妹に先を越された……?」

「まさか、本当だったなんて……。またお父様のお巫山戯かと思ったのに」


 国王よ、あんたどんだけ娘から信用されてないんだ……


「それで、この子が例の彼氏君?」


 そう言ったのはディーナさんに似たディープレッドの髪のお姉さんだ。


「は、初めまして。リヴァイス伯爵家三男、レオナルド・フォン・リヴァイスでひゅっ」


 何とか2人に挨拶をした俺だが緊張のあまりか最後の最後で無様にも噛んでしまった。


 あ、終わった……。


 そう思った俺だったのだが2人の反応は俺の予想とは違い


「ふふっ、意外と可愛いのね」

「強くて、頭も良くて、性格も良し、それに加えて顔も良い。中々の優良物件ね」

「え、えっと……」

「あっ、紹介しますね。こちらが1番上のメアリーお姉様で、こちらがローラお姉様です」

「メアリーです。レオ君、だっけ? よろしくね〜」

「ローラよ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 プラチナブロンドのおっとりした美女がメアリーさん、ディープレッドの頼りになりそうな美女がローラさんと言うらしい。


「アリシアからよく話は聞いてたわ〜、レオ君しゅきしゅき〜って」

「メ、メアリーお姉様! そんな事言ってないですから!」

「あら、じゃあアリシアはレオ君の事好きじゃないの? それなら私が貰っちゃおうかしら」

「ローラお姉様まで何言い出すんですか! そんなのダメ!」


 ま、まずいぞ、今にも一触即発と言った空気だ……


「ほら、あなた達。先を越されたからってあんまりアリシアを虐めないの。それとメアリー、結婚の事はまだ知らない人もいるんだからあまり大きな声で言ってはダメよ。今は聞こえなかったみたいだから良かったけど」


 良かった。いつの間にかこちらへ戻ってきていたディーナさんのおかげで何とかその場は落ち着いたみたいだ。


「ふぅ、ディーナの言う通りだ。そもそもお前達は王女という自覚を持ってもう少し慎むという事を覚えんか」

「あなたは黙ってなさい。人の事言えないでしょう」

「はい……」


 何となく察してたけどこの人は家族内ではかなり肩身が狭いのか……?


 そうして時間も過ぎていき、いくら日の長い夏と言えどもそろそろ日が暮れ始め、中庭での食事会もお開きと言った雰囲気が流れていた。その時……


「――陛下! 緊急のご報告が!」


 再度勢いよく開かれた扉からそう言って現れたのは軽装を纏い、俺も毎朝顔を合わせていることから良く見慣れた衛兵さんだった。何やら緊急事態なのか慌てて俺達と一緒に居る国王の元へと走ってくる。


「お楽しみの最中に申し訳ありません」

「構うな、緊急の要件なんだろう。一体何があった?」


 衛兵さんの切羽詰まった様子からその重大さを感じ取ったのか、さっきまでの国王から瞬時に雰囲気が変わり普段の威厳溢れる国王へと戻っていた。


「はい、ただいま城門で警備を行っていたところ早馬で手紙が届けられとアストレア魔法学院から連絡があり、すぐに国王へ報告して欲しいと手紙を預かりました。中身を確認したところ、その差出人はウィルバート王国セイクリッド魔法学院学長」


 セイクリッドって確かシン達の学院だよな……早馬を出すって事はそれなりに緊急の要件だろうし何かあったのか?


「それで、内容は」

「はい、手紙によれば革命軍リベリオンと名乗る集団がセイクリッド魔法学院を襲撃、甚大なる被害を受け多くの生徒が負傷。更に敵幹部と思しき者と『勇者』が戦闘、退けたものの一緒にいた女生徒が捕まり連れ去られたとあります!」


 な、それってもしかして!


 その最悪の可能性に気づいてしまった俺は咄嗟にアリシアの方に目を向ける。


 『勇者』とは間違いなくシンの事だ。そのシンと一緒にいた女生徒が連れ去られたとなればそれが彼女の可能性は高い。

 そして、アリシアとサリーは対抗戦で彼女と友達になっていたはず……


 アリシアも俺と同じ予測に辿り着いていたのかその顔には明らかに動揺が見られ、震える声を必死に押さえつけている。その口から零れた声には、友を心配する思いと少しばかりの恐怖が感じられた。


「サ、サヤちゃん……」

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