第4章 夏合宿編 七十一話 別れ


「ダリス、聞こえるか」


『嗚呼、聞こえてるぜ。どうした?』


「手伝ってもらいたい事があるんだ。今そっちに転移門ゲートを繋げるから来てくれ」


『おう、分かった』


 俺の声音で何か異変を察したのか、普段の五月蝿さは鳴りを潜めて俺の頼みにダリスが答える。


「アリシア、立てるか?」

「は、はい。私は大丈夫です」

「良かった、今ダリスが来るから動けない他の人達を連れて避難場所で待っててくれ」

「で、でも……それじゃあレオ君が1人でっ……」

「アリシア!」

「っ!」

「ザック達が死んだのは、君のせいじゃない」


 眼前のアリシアは責任に押しつぶされそうな目をしていた。でも、アリシアは間違った事はしていない。仕方なかった、運が悪かった、なんて言葉で済ませられるような事じゃ無いけど、それでもアリシアが抱え込む必要は無いんだ。


「アリシアは間違った事なんてしてない。確かにすぐに切り替えることはできないだろうし自分の目の前で指示に従った人が死んだんだ、気にするなって言うのも無理だと思う。でも、1人で抱え込む必要なんて無いんだよ」

「あっ……け、けど、私がもっと考えて指示を出していれば、私がしっかりしなくちゃいけなかったのに……」

「そんな事言い出したら俺だってそうだ。俺がもっと早く着いていればこんな事にはならなかったかもしれない。でも、そんなの結局は理想でしかなくて今ある現実は絶対に変わらない」

「レオ君……」

「冷たい言い方かもしれないけど、君が今取るべき行動は後悔することじゃない。現実を受け止めて未来のために行動する。それが、死んでしまった2人へのせめてもの償いになるんじゃないか?」

「っ……!」


 アリシアは人一倍優しくて、どこまでも明るくて、正義感と責任感に溢れる子だ。だから、今ここで一緒に戦わず自分だけ逃げて俺の身に何かあれば、自分が一緒に戦っていればと後悔するだろう。


 そんな思いには絶対させない。その為にも俺は……


「アリシア、俺なら大丈夫。必ず勝ってそっちに行く、だから先に行って待っててくれ」

「……分かりました。レオ君、絶対に帰ってきてくださいね」

「嗚呼」


 アリシアのその返事を聞き俺は転移門を開く。すると数秒後、事前に連絡していた通りそこからダリスが姿を見せた。


「レオ、来たぞ……っておい! なんだこいつ!?」


 ダリスが俺の目の前にいる化け物を見てそう叫ぶ。


「詳しい話はアリシアから聞いてくれ。俺も今来たばかりで状況があんまり分かってない。それよりダリス、アリシアと一緒に動けない人達を連れて避難場所で待機しててくれ」

「お、おう、分かった! ……っ!」


 そう言ってアリシアの隣に横たわる2人を見てダリスは一瞬息を詰まらせるがすぐに遺体を抱えて転移門を潜る。転移門を通る前に一瞬俺の方を見る辺りあいつもやっぱり心配性だな。


 おっと、1つ聞いておかなきゃいけないことがあったな。


「アリシア、1つ聞きたいんだけど……ブリッツはどこに?」


 こうは聞いたものの俺の中で答えは薄々察している。これは自分の答えが正しいのかという確認とそうであって欲しくないと言う願望だ。


「ブリッツさんは、あそこにいる侵入者から私達を必死に守ってくれました。でも、その力が及ばず……こんな、姿に……」

「そうか、教えてくれてありがとう」


 やっぱり、な……

 ここに来る前、途中誰かの魔力反応が弱くなりその直後同じ魔力が一気に膨れ上がったのを遠くからでも探知できた。そして、ここに着いてみればブリッツの姿だけが見当たらなかった。そして、代わりに存在したのはこの異形の化け物。


 ブリッツ、俺が間に合っていれば……


「レオ君」


 俺がブリッツの方へ目を向けているとまだ転移門を通らずにいたアリシアが両手で俺の左手を握ってくる。


「さっき、レオ君が言ってくれたんですよ。1人で抱え込む必要は無いって。だから、レオ君も抱え込まないでください。たとえどんなに辛いことがあったとしてもその時は私も一緒に向き合います」

「アリシア……」


 惚れた弱みかこんな状況下でもそんな事を言われてしまえば一瞬ドキッとしてしまう。だが、今はそんな場合じゃない。これだけ勇気を貰ったんだ、もう何も気に病むことは無い。


 俺、そんなに情けない顔してたのか、かっこ悪いところ見られちゃったな。


「ありがとう、アリシア。もう大丈夫」

「それなら良かったです。レオ君、必ず帰ってきてくださいね」

「嗚呼、必ずこの世話焼かせな貴族様も連れて一緒に帰るよ。それに、こんな所でまだ死ねないしね」


 俺の言葉に安心したのかアリシアもダリス同様俺が来た時から地面に座り込んでいる2人の生徒を連れて転移門を潜る。


「さてと、お前の相手は俺だブリッツ」


 そう声を掛けては見るものの反応は無い。ただ小さく魔物の鳴き声のような音を発しているだけだった。


「グ、ォォォ」

「言葉も通じない、か……」


 それに、このまま止めておくのもさすがにそろそろ限界か。


「全く、手のかかる貴族様だ」

「グァァァ」


 正直、今のブリッツの魔力量は前と比べて桁外れに増えている。魔力量だけを見るなら俺と同等かそれ以上だ。

 こいつの攻撃はおそらく右腕の巨大な蔓を使った大ぶり。それは2人の遺体を見て想像できる。問題は、他にも何かありそうという事だな……


「どっちにしろ手を抜いてたらこっちがやられそうだ。最初から全力で行くぞ!」



 俺は異空間収納から白夜と黒影を取り出しブリッツに掛けてある時間魔法を解除する。一瞬の後、自分の体が動く事に気づいたブリッツはそのまま右腕を引き俺目掛けて振り切る。


「ふっ」


 攻撃の範囲も威力も大きいけどスピードは遅い。これなら避けるのも簡単そうだ。


「はぁっ!」


 右腕の攻撃を躱し隙が出来たところで、俺はその巨大な腕を切り落としにかかる。が……


 ガキィンッ!


 俺の振った剣は蔓のような巨大な腕を切り落とすことなく、鉄と鉄がぶつかるような甲高い音を響かせて逆に弾かれていた。


「なっ!」


 想像の何倍も硬い! これじゃあ普通に切っても切れないぞ!


「ならこれで……グッ!」


 一瞬の驚愕、そして作戦の切り替えその3秒にも満たない短い時間の間にブリッツは腕を振り抜き横なぎで攻撃、俺はその攻撃を避けることが出来ず左腕で受け、結果真横に吹っ飛ばされる。


「『転移門』!」


 木に直撃する寸前、俺は転移門を自身と木の間そしてブリッツの頭上に開き進行方向を真横から真上へと変える。


 当たる前に時間魔法で一瞬止めて身体強化と光魔法はかけられたけどそれでもこの威力。折れてはいないけど光魔法で回復する間数分間は使い物にならなさそうだ。


 逆に、人を簡単に殺せる攻撃を食らってこの程度で済んだのはラッキーだったな。


「とりあえずあいつは俺が上に居ることにまだ気づいてない。それなら……」


 久しぶりにあれを使うしかなさそうだ。


 俺は右手に持った白夜に空間魔法を付与エンチャントし自身の頭上に振り上げる。


「『次元斬り』!」


 詠唱をし、上空からブリッツの右腕目掛けて剣を振る。さっきと違い距離も離れている中、約50m下にあるブリッツの腕は何の障害も無く綺麗に切断された。


「ガァァァッ!」


「『天使の光翼エンジェル・ウィング』」


 光魔法で作り出した翼を翻しブリッツ目掛けて急降下する。


 これで終わりだ!


 だが、現実はそう簡単には進まない。ブリッツの体は右腕以外も既に変色しその容貌を大きく変えていた。


「グッ、ガァァァッ!」


 腕を切られた痛みからか地面に蹲るブリッツ。その隙を狙いレオが上空から攻撃を仕掛けようとしたその時、レオの真下、ブリッツの両脇から突然2本の蔓が伸び、レオを貫かんと攻撃を仕掛ける。


「クッ、なんだこれ……」


 一体何が起きているのか、ブリッツの全体を見たアレクはこの蔓がなんなのか理解する。


「これは、足か!」


 そう、ブリッツは地に蹲りながら地面の中に自分の足を突き刺し自身の両脇の位置、つまりはレオの真下の位置に移動させ不意打ちで攻撃したのだった。


「クソっ、右腕の攻撃よりは軽いけどその分スピードが早い!」


 空を飛びながらその攻撃を避けることしかできないレオは、何か打開策が無いかと頭をフル回転させて考える。

 その時、


「ガァ、ァッ……ルド、グッ、ガァァァ!」

「っ!」


 あいつ、今何か喋ろうと!


「ブリッツ! 喋れるのか!」

「グッ、ァァァッ! レオ……ガッ、ナルド、ォォォッ!」

「へぇ、あいつ、ハズレかと思ったが中々やるじゃねぇの」


 そう言ったのはレオが来て以降一言も言葉を発さず、沈黙のままこの状況を静観していたゲルトだ。


 そのゲルトの言葉が離れた位置にいるレオに届くことはもちろん有り得ず。レオはただひたすらに徐々に喋り始めたブリッツの言葉を聞き逃すまいと耳を傾けていた。


「グァッ! ガ、ア!」

「なんだ、どうした!」

「……ロせ、オ……を、……セ!」


 ダメだ、体が変形したせいで上手く話せないのかこの距離じゃあ聞き取れない!


 そうしてレオがブリッツに近づこうと足を進めればそれに反応したブリッツが右腕を横なぎに振り払う。それはまるで、俺に近づくなと、言っているように。


 そして、次に発したブリッツの言葉で、レオはようやく彼が何を伝えようとしていたのかを知る。


「……レを、ご……ロ、ゼェ、」

「っ! お前、何を言って……」

「お……ハ、も、う……りだ。ざ、いご、に……お、マエが、コロ、じ、て……く、れ!」

「ブリッツ……っ、分かった……」


 レオは白夜を横に構え、先程と同様空間魔法を付与する。


「これで、本当に終わりだ」


 せめて、安らかに眠れ、ブリッツ。


「『次元斬り』……」


 短く、そして優しく。そうする事で結果がどう変わるかなんて分からないし変わらないかもしれないけど、少しでもブリッツが苦しまないように、そう思いながらレオはその剣を振り抜いた。


「グゥッ、ガッ、ガァァァッ! グアァァッ!」


 これまでで1番大きな唸り声。それが、レオの耳には否応にも最後だと言う現実を突きつける。

 そして、切られたブリッツの異形の体は胸の真下で上下に別れ、下は灰へと変わり散っていった。

 残された上側はさっきまでよりも元のブリッツへと近づいているが、それでも切られた端からゆっくりと塵となり空中へと散っている。


「あ、ああ、」

「ブリッツ!」


 彼にまだ息があると知ったレオはすぐさまその場から走り出す。


「ブリッツ! しっかりしろ!」

「ふっ……ま、さか……最、後に、目にする、顔が……お前、の、顔だとは、な……」

「こんな時に、何言ってんだよ……」


 レオは今際の際のブリッツが少しでも喋りやすくなればと光魔法をかける。


「これ、は……。全、く、どこまで、も、お節介な奴だ、な……」

「うるせぇ、最後ぐらい、大人しくしてろよ……」

「俺に、命令するな……。レオナルド、お前、に、こんな事言いたくは無い、が……昨日の、お前の頼み……聞けなくて、悪かったっ……」


 レオの魔法のおかげか徐々に話しやすくなるブリッツ。だが、確実に死が近づいている事をレオの視界に入った光景が伝えてくる。


「お前はちゃんと守ったよ、お前のおかげでアリシアは生きてる」

「だが、俺、は……自分の、仲間……を、2人も、殺、した……その時、の感覚が、まだこの腕に、残ってるんだ……」

「ブリッツ……」

「もう、時間が、無い。最後に、1つ……お前に、言いたい、事が、ある」

「嗚呼、なんだ」

「俺は、お前が……大っ嫌い、だ。俺よ、り格下の、お前が……俺より、強いと……認めたく、なかった」

「そんなの、知ってるよ……」


 ブリッツの言葉にレオはそう返す。


「俺は、今でもまだ、お前が嫌いだ……だが、その強さだけは、認めて、やる……」

「ふふっ、認めてやるって、何様だよ……」

「お前は、強い。俺、が、言うんだ……間違い、無い。レオナルド、お前から、したら……俺は、弱かった、かも、しれない」

「そんな事ない、お前だって強いさ。よく、ここまで耐えたよ。俺はもうとっくにお前を認めてる、そうでなきゃ頼み事なんてする訳ないだろ?」

「そう、か……そう、だな……その言葉を、聞けただけ、でも……十分だ」


 ブリッツがそう言った直後、レオの抱えていた体が空へ散る。


「っ! ブリッツ……」

「さっき、は最後って、言ったんだが、な……お前、の、無駄口が、多すぎて、長くなって、しまった……次が、本当に最後だ……」


 その言葉にレオはただ頷くだけしかできない。


「レオ、ナルド。元気で、な……それと、アリシア様を、幸せ、に……してやれ、よ。彼女、は、この国の、宝の、1つ……だ」

「そんなの、大きなお世話だ……」

「お前のが、うつった、みたい……だ」


 そうして、ブリッツは最後の力を振り絞るようにその言葉をレオに伝える。


「また、な、レオ。いつ、か……生まれ、変わったと、したら……また、戦おう。俺、の……最強の、好敵手ライバル……」


 そう言ってブリッツの体は全てが塵となり、その場が静寂に包まれる。その静寂打ち破ったのはレオだった。


「嗚呼、約束だ、必ずまた戦おう。だからお前は、少し休め、ブリッツ」


 そうしてブリッツに別れの言葉を伝えると、レオはその場から立ち上がりゆっくりとこちらへ近づいてくる男を睨みつける。


「いやぁ、男の友情は泣けるねぇ〜、俺も混ぜてくれよ」


 病的なまでの白い肌に似つかわしくない鮮血のような赤い舌を見せながら、ゲルトはニヤニヤと笑いレオへと悪意の籠った言葉をかける。


「言われなくてもそのつもりだよ。たとえ、他の奴らに逃げられたってお前だけは、絶対に逃がさない!」


 友との約束を胸に、レオは右手に持つ白夜をその仇であるゲルトへ向けた。

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