第4章 夏合宿編 七十二話 終結


 今の戦いぶりを見るにこいつが例の主席君か。

 こいつならさっきの奴より断然面白い戦闘バトルができそうだぁ。


「いやぁ、男の友情は泣けるねぇ〜、俺も混ぜてくれよ」

「言われなくても、そのつもりだよ!」


 ゲルトへ向けた白夜を逆手に持ち詠唱をするレオ。

 その直後、ゲルトの視界は果ての無い暗闇に覆われた。


「『闇のグラヴィティ・引力ダーク』」


 白夜の前に出現した漆黒の闇がその引力でゲルトを引き寄せる。


「っ!? なんだ!」

「遅いっ!」


 突然の出来事に何が起きたのか理解の遅れたゲルト。その隙にレオは身体強化をかけた後ろ蹴りをゲルトの鳩尾へ繰り出す。


「グハッ!」


 蹴り飛ばされたゲルトはそのまま後方へ飛んでいき、数十メートル離れた位置にある木に鈍い音を立てて激突した。


 一体何が、いきなり視界が暗くなって目の前にあいつが移動していやがった!


 正確に言えば移動したのはレオでは無くゲルトだが技を食らった本人が初見でそれを理解するのは困難である。


 くっ、咄嗟に身体を捻ったはいい物の肋が数本持ってかれたな。木との衝突で背中にも少なくないダメージが残ってる。ったく、生身の人間のただの蹴りがこの威力って、さっきの怪物よりよっぽど化け物じゃねぇか!


「クソっ!」


 内蔵は無事だ、まだ動ける。あいつは……


「後ろだよ」

「っ! グガッ!」


 ゲルトが飛んでいる最中、それよりも速く移動したレオは振り向いたゲルトの頬を鞘に入れた黒影で殴りつける。


 こいつ、とんでもなく早ぇ、これが光魔法の力!


「クッ……!」

「お前には聞きたいことが山ほどある。だから、殺しはしないがそれ相応の苦痛は与えてやる。覚悟しろ!」


 ▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 ――遺跡跡地エリア、崩壊した岩壁が建ち並ぶこのエリアの一角、中央の1番大きな石の上に1人の男が座っていた。


「クッフフフ、どこもかしこも面白い事になっているようだねぇ」


 その細い目をさらに細くし男はニタリ、と整った顔に不気味な笑みを貼り付ける。


「だが、どこも順調とは言い難いみたいだ。これでは安心もしていられないな」

「やっと追いついたぞ、ノワール!」

「ん? これはこれは、誰かと思えばフィンゲート先生じゃないですか。監督室で全体に指示を出しているはずの貴方がなぜこんな所に?」

「お前を追ってきたんだよ」

「はて、何も追われるような事をした覚えはありませんが……」


 ノワールと呼ばれた男がそう返事をするがその表情はどこかふざけている様にも見えた。


「とぼけるな。これまでの不審な行動、それにさっきの独り言だって聞かせてもらった。これだけ情報が揃ってんだ、言い逃れはできねぇぞ」

「やれやれ、これ以上隠す必要もないか。まぁ大方はあなたの想像通りですよ。それで、裏切り者を成敗しに来たと?」

「いいや、貴重な情報源だ。ここで捕える!」


 そう言うや否やメルトは腰に指した剣を抜刀し、魔法で火球を作り出そうとするが……


「あー、そうそう。言い忘れてましたが、魔法は使わない方が身のためですよ? その辺には魔法に反応して作動するよう罠が仕掛けてある」

「なっ!」


 ジャララララッ!


 メルトが魔法を発動すると同時に、足元から数本の鎖が伸びメルトの四肢を拘束した。


「クッ、なんだこれ。動けねぇ!」

「鎖魔法 魔封鎖縛、相手の魔力に反応し拘束する魔法。どうやら捕らえられたのは私ではなく貴方みたいですね。クッフフフフ」

「鎖魔法、だと? どういうことだ、お前の魔法属性は風と水のはず。第一そんな魔法聞いた事もねぇ」

「でしょうね、何せ人の間では使用者が居ないことから広まらなかった魔法。この魔法が使われていたのは1000年前の大戦の時代、魔人を従えた悪魔達が使っていた物なのだから」


 それって、まさか……っ!


「お前っ……」

「フフッ、どうやら気づいたみたいですね。やはり貴方は頭が切れる」

悪魔の種デビルシードを、使ったのか!」

「ご明察、私のこの魔法は悪魔の種を取り込み得た物。言わば特注品です」

「だが、どうやって……悪魔の種はもうこの世から一つ残らず消えたはずだ!」

「軍の文献にはそう書かれていましたか? ならそれが間違いだ。そして、我々は魔人領の最果てで見つけたこの種を作り出す事に成功している」


 なん、だと……! 


「お前ら、それを使って何をするつもりだ!」

「それは貴方ももう知ってるだろう? 革命ですよ」

「そんな事、させると思うか?」

「しますよ。少なくとも、今の貴女に私を止める力は無い」

「チッ……」


 この鎖、魔法を使おうとすればその分の魔力が吸われて使えねぇ。腕も拘束されて剣で斬ることもできず。この状況、どう抜け出すか考えろ……!


「何をしようと無駄ですよ、貴方にはこの騒動が収まるまでここに縛られて……」


 その時、突如2人の間を何かが横切りその先の岩壁へと轟音を立てて衝突した。


「何だ!」


 煙が晴れ、そこから現れたのは傷だらけの人だった……


「あれは、人か……?」

「……っ! ゲルト、一体誰が!」


 飛ばされてきた人物がゲルトだと気づきノワールはゲルトの飛ばされてきた方角、森の中に目をやる。そこには、両手に白と黒の剣を持ったレオがゆっくりとこちらへ歩いてきていた。


「おい、立てよ。まさかこの程度で終わると思って無いよな?」

「クソっ、化け物が!」


 ゲルトは明らかに気が動転していた。対するレオも怒りから周りが見えておらず両者ともにここで会話をしていた2人には気づいていない。


「っ! そうだ……おいレオ!」

「……? この声は……っ! メルト先生」

「ちょうどいい所に来た、あれでこの鎖切ってくれ」

「それはいいですけど、どうしてこんな事に?」

「事情は後で説明する。今は早くこれを切ってくれ、この鎖のせいで魔法が使えないんだ」


 その言葉にレオが頷くと右手に持つ白夜を赤黒い魔力が包み込んだ。


「フッ、無駄な事を。その鎖は当たった魔力をも吸収し無効化する。魔法を付与した剣で切ったところで結果は同じだ」

「ノワール、そう言えばお前は知らなかったな。こいつのこの魔法を」

「何……?」


 メルトの言葉に眉を寄せたノワールはこの後の結果に目を見開く。


「『破壊の剣ブレイク・ソード』!」


 レオの繰り出すその剣はメルトを縛る鎖を容易く断ち切り消滅させた。


「何故だっ、魔法で私の鎖を壊すことは不可能なはず……」

「それができた、こいつの魔法なら。この魔法は強すぎる、対抗戦以来学院での使用は禁止していたが今は緊急事態だ仕方ないだろう。この世の理をも壊す破壊魔法、それがこいつの魔法だ。」

「理をも、壊すだと……」

「ふざけやがってっ……」


 鎖の拘束から開放されたメルトはそのままレオの元へ歩み寄る。


「レオ、ノワールが裏切った。あいつは前々から敵側と繋がってたんだ。恐らく今回の襲撃もあいつの手引きだろう」

「なるほど、そう言う事だったんですね」

「あいつらを捕えられるか? 俺の方はさっきの鎖のせいで魔法を使うのにもう少しかかりそうだ。バカ正直にノワールの言ったことを信じた俺も悪いがあの鎖、聞いた能力と少し違うみたいだ」

「分かりました、元から右の奴はそのつもりです。今更1人増えるぐらいなんて事ない」


 レオはメルトの後ろに転移門ゲートを開く。


「先生はこれで監督室に、あっちも何かあったみたいで今監督室にはエリン先生しかいない。1人で全体に指示を出すのはさすがに大変なはず」

「わかった。こっちは頼んだぞ」


 そう言い残しメルトは転移門を潜り監督室へと向かった。


「2対1か、舐められたもんだぜ。だがこれなら……」

「いえ、撤退します。我々が2人でかかったとしても彼には勝てない。ましてやそれは事前情報の段階でだ、破壊魔法なんて言う物が明らかになった今、我々に残された選択肢は死ぬか逃げるかの2つしかない」


 だが、そんな策をゲルトが素直に聞く訳もなく……


「おいおい、それに俺が従うとでも思ってんのか?」

「従わないならそれでもいい、だがその場合君は死に私は生き残る。ただそれだけの事だ」

「チッ、気に食わねぇ。それで、撤退するにしてもどうすんだ?」

「それを今から考えるんですよ、時間稼ぎをしつつ下がり気味に……」

「『引力重圧グラヴィティ・プレス』」

「っ!」

「グッ……!」


 なんだ、この圧力は……


 これだ、さっき俺がここまで吹き飛ばされた……いや、押し出された魔法っ……!


「お前達に残された選択肢は2つだ。ここで俺に捕まるか、死ぬか、好きな方を選ばせてやる」

「クッ……鎖魔法、魔封鎖ば……」

「させるか!」

「ガッ……」


 圧力がさらに強くっ……、まるで見えない天井に押しつぶされるような、口を開けることすら出来ない……っ!


「ノワール先生、貴方には少し大人しくしてもらう。鎖魔法で妨害されても邪魔だからな。けど、お前は別だ」

「っ!」

「何っ……動、ける」

「さぁ、さっきの続きをしよう。お前もやられっぱなしじゃ満足できないだろ?」

「はっ、そう言うことか。面白ぇ、やってやるよ! 『死神の風刃デス・カッター』」

「何度やったら分かるんだ、俺にただの魔法は通じない。『破魔の光』」


 ゲルトの放った無数の刃は白夜から発せられた光に当たりその全てが目標であるレオに命中する前に消え去った。


「クソっ、今のも破壊魔法か!」

「次はこっちの番だ、『光弾ライト・バレット』」


 レオが詠唱をすると周囲には数十個の光弾が生成されゲルト目掛けて打ち出される。


「この程度が、避けられねぇとでも思ってんのか!」

「嗚呼、避けられないよ。お前にはな」


 声を荒らげるゲルト。対してレオは至って冷静だ。まるで、その怒りをただ相手にぶつけるだけの機械のように。


 そんなレオの攻撃を上空に飛び避けて躱すゲルトだがレオの攻撃はそれで終わりでは無かった。


「何っ! グァァァッ!」


 避けたかのように思われた攻撃は全て上空へ飛んだゲルトを追尾し逃げ場の無いゲルトに襲いかかる。


 レオの発動した数十個の光弾を全てまともに食らったゲルトはそのまま空から落下、体を動かすことも出来ず少しばかりの抵抗なのか眼前のレオを睨みつける。


「一体、何をしたっ……」

「お前と魔法の間に闇魔法を発動し2つの魔法がぶつかる前に闇魔法を消した。俺の魔法がお前を追尾したように見えたのはただ闇魔法の引力で引き寄せられただけだ」

「クソッ、タレが。次は、絶対に……」

「お前に次はない。ここで捕らえるか、殺す」

「へっ、やれるもんなら、やってみろ」


 ゲルトは顔にニタリと不敵な笑みを浮かべ、レオを嘲笑う。その目はこの状況になっても未だ諦めているようには見えなかった。


「一体、何を企んで……」

「鎖魔法、『魔封鎖縛』」

「っ!」


 背後から聞こえた声と魔力を察知し咄嗟にその場から避けるレオだが1歩遅かったのか左腕ごと黒影がその鎖に絡め取られてしまい動きが止まる。


 この鎖、拘束した対象の魔力を乱して魔法を打ち消しているのか!


「ゲルト、引きますよ。お前も彼との実力差がよく分かったでしょう」


 そう言ってゲルトを抱えたのはノワールだ。2人はすぐ様その場から離脱しようとするがそれを黙って見過ごすレオでは無い。


 絶対に逃がさない!


「魔法が使えないなら付与すればいいだけだ! 『次元斬り』!」


 動きを制限された状態で白夜に空間魔法を付与し攻撃するレオ。ノワールは予想だにしない斬撃に反応する事が出来ず抱えたゲルトの右腕と自身の左足を半ばなら切り落とされる。


「チッ、まぁいい。ここから撤退出来るのであれば手足の1本程度くれてやりますよ」

「っ! 待て!」


 レオが2人の後を追おうとするが左腕の拘束は解けていない。そうしてレオの身動きが取れない間にノワールは魔法で氷壁を作り出しその場から逃げ出す。


「チッ!」


 レオは咄嗟に黒影ごと鎖を切り裂く判断をし2人を追うが、氷壁の先にあるのは切断されたノワールの足とゲルトの腕が無惨にも残されているだけで既に2人の姿はそこには無かった。


 まだだ、まだそんなに遠くには行ってないはず!


 そう思い魔力探知レーダーで2人を探そうとするレオだが……


「これ、は……魔力切れ?」


 ここまでの戦闘でかなりの魔力を消耗していた。いくら常人よりも遥かに魔力量が多いレオとはいえ一日中魔法を使い、更には転移門や消費魔力の多い破壊や時間魔法も使っていれば魔力切れを起こすのも当然だ。


 これじゃあ2人を追うことが……っ!


「っ、クッソォォォォ!」


 裏切り者と友達を殺した人間を取り逃したという自責の念からレオは空へと怒りを叫んだ。


 こうして、レオ達アストレア魔法学院生の地獄の夏合宿は幕を閉じた。


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