第4章 夏合宿編 七十話 到着


 こいつら想像以上にやるな。特にガランと名乗ったこの男、周りが良く見えている。

 最初の大技から距離を取るのは危険だと考えたのかそれ以降は一定の距離を保ちつつの近接戦、絶え間なく攻撃する事により魔法使わせないように動いている。

 そして驚くべきはその身体能力の高さと器用さだ。常人よりも遥かに大きい腕を持ちながらそれよりもさらに大きい大剣を軽々しく振り回すその筋力、直撃すればさすがに軽傷じゃあすまなさそうだ。


 女の方も厄介だ。ガランの邪魔にならない位置から魔法で援護しつつ魔物も使って俺の気も散らしてくる。そしてこちらに隙が出来れば自身も積極的に攻撃に参加。こいつが居るせいで動きがかなり制限されている。


「全く、面倒な相手だ」

「ふんっ!」


 上段からのガランの攻撃を後ろに飛び回避するアレク。さっきまで自分が立っていた地面はその一撃により大きく抉れている。


「これじゃあ、剣と言うよりハンマーだな」

「面倒か、それはこっちのセリフだ。これだけの魔物の妨害を受けながら俺たち2人を相手取ってもまだ余力を残している。それでまだ学生、それも高等部1年とはにわかに信じ難い」

「それは貴様も同じだろう。見た限り年の程はまだ30代かそこら。その若さに反して圧倒的な技術と経験値、これ程の物が今まで名を馳せていない事に俺は驚きだ」


 こいつの強さは恐らくメルト先生以上、今の軍内部でもこれ程の使い手は軍団長とその下の上層部数人ぐらいだろう。


「お前、今までどこで何をしていた?」

「その質問に答える義理は無い」

「まぁ、そうだろうな。俺も敵に素性を明かそうとは思わん」

「ならばこの話は終わりだ。これ以上時間も掛けたくないのでな」

「その意見には同意しよう。俺にもまだ仕事が残っているのでな」


 俺にはレオ程の探知能力は無い。だが、身体強化と魔法を使えばある程度の気配程度なら探ることができる。

 そして数秒前から後にある宿舎の扉、その奥を走る音が風に乗って聞こえてきていた。その規則正しく聞こえてくる疾走音。それを聞いただけでもこちらに向かっている人物の生真面目さが伝わって来る。


 3秒後にしゃがめ。


 風に乗って聞こえたその声で俺はその人の意図を察する。


 3、2、1、今だ!


 指示通りに3秒後、俺が姿勢を低くすればその直後に後ろのドアが開き巨大な弓を両手で持ったブレンが現れ右手に掛けた弦引く。


「射程距離100、属性黄、吸収チャージ完了『フルミネートレイ』!」

「っ! 避けろイリス!」

「クッ!」


 黒ローブの女、イリスはガランの言葉で何とか攻撃を避ける。が、そこで終わると思われた攻撃は尚も威力を衰えることなく続く。


「まだだ!」


 そう言うと、ブレンは体を捻り弓を動かすことで攻撃範囲を広げ次々と魔物の大軍を焼き払っていく。


「やられたな。イリス、動けるか」

「左腕以外ならまだ何とか」


 ブレンの魔法を間一髪の所で避けた2人だが、突然放たれた予想外の攻撃に反応が遅れたのかその傷は浅くとも深刻な物だった。


「俺の負傷は右の手首から先。やられてはないが右足も力が入れづらく戦闘するにはかなり不利だ。お前は左腕1本丸々持っていかれたか」

「えぇ、掠っただけでこの威力。連発は無いと思いたいですがそれでもこれ以上の長期戦は避けたいですね」

「そもそもこの状態ではどう足掻いても勝てん。スキをついて撤退だ」

「了解」


 ここからの作戦を素早く決めた2人は目標を撤退に切り替えアレク達から距離を取る。


「先輩、ダメ元で聞きますが今の技の連発は?」

「お前が大技を使えば可能だ」


 そう聞いたアレクは予想していた物とは違う答えがブレンの口から返ってきたことに内心驚愕していた。


「俺の魔装、魔弓バルヴォロスの能力スキルは大きく分けて2つ、吸収チャージ放出ショットだ。辺り一体にある魔力なら自分が使った魔法じゃなくとも吸収できる。お前の技のように大きい物程吸収できる魔力も増えるという訳だ」

「なるほど、実質半永久的にあのレベルの魔法を打てると、威力と射程は?」

「その都度調整可能だ。それと属性もだな。火なら赤、水なら青、さっき使ったのはお前の雷魔法を吸収したから黄だった」


 それなら実質俺の魔法レベルの大技を連続で打てるということか。


「それなら、やりようはいくらでもありますね」

「嗚呼、何としてでも奴らはここで捕えるぞ」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲


 あれからまだ数分しか経っていないのに皆さんの消耗が激しい。今は何とか身を隠して逃げられてはいるけどこのままではやられてしまうのも時間の問題ですね……


「! アリシア様、ブリッツ様がこっちに」

「二手に別れてブリッツさんの裏に回ります。奥に見える木の裏で合流しましょう」


 アリシアは少しでもブリッツに居場所を悟られない為にと声を潜めて他の4人に指示を出す。


 と言っても、このまま纏まっていては危険すぎる。私達の実力で今のブリッツさんを相手にするのも自殺行為だし逃げる事しかでき無いの……?


「こんな時、レオ君だったら……」


 そう、自分の口からこぼれた言葉を理解してアリシアは咄嗟に弱気になった思考を切り替える。


 ダメ、こんな言葉他の皆さんに不安を与えるだけにしかならない。状況をしっかり判断しなきゃ。この班で1番強いブリッツさんは今や敵に、だからこそこの中で最もクラスでの席次が上の私がしっかりしなきゃいけないんだから!


「アリシア様、どんどん近づいてきます。早くしないと……」

「……っ、えぇ、行きましょう。ザックさん達男子2人は右側から、私達3人は左側から回ります」


 アリシアの指示と同時に5人の人影がタイミングをずらして動き出す。


 良かった、私達が移動したことにブリッツさんは気づいていない。まだ正確に位置を把握されていなかったんだ。


「このまま身を低くしてなるべく素早く……」


 進みましょう。そう、アリシアが続けようとした時だった。対面側を移動する2人がブリッツの横を通った時に太い木の根を踏み躓いてしまう。

 人1人が倒れる音を聞いてすぐに対面側を確認するアリシア。そこには根に躓き起き上がろうとするザックの姿があった。


 ザックさん! まださっきのダメージが消えてなかったんだ、その状態でブリッツさんから逃げていたから疲労が溜まって、早く助けないと……っ!


 だが、そんなアリシアの望みを簡単に打ち砕いてしまうほど現実は残酷で、その後起こることが変え難い事実だった。


「あっ……」


 そうアリシア達3人の中の誰かが息をこぼす時には既にザックが倒れた音に気づいたブリッツが体の向きを変え右腕だったと思われる大木ほど巨大な蔓を天高く振り上げていた。


「逃げっ……!」


 アリシアは2人に逃げるよう投げかけるが悪魔の一撃はそれよりも早く、2人の命を刈り取る。


「い、嫌だァ!」

「ブリッツ様やめっ!」


 2人の抵抗も虚しくその蔓はザックの胸を貫き、そのままもう1人の生徒バトラを弾き飛ばす。

 そうして振りかぶる勢いのまま弾かれた2人の体は、アリシア達の進行方向にある木へと激闘した。

 その2人の状態を見た3人はあまりの悲惨さに1人は息を飲みもう1人は胃液を吐き出し、そして残りの1人、アリシアは何かを呟きながら2人の体へと歩み寄る。


「……く、……早く、回復魔法を……」


 2人の元にたどり着いたアリシアは遠目で見た姿よりもより一層酷い有様にその意気を詰まらせながらも回復魔法をかけ始める。だが、その行動に意味は無く、既に息をしていない者にどれだけ回復魔法をかけようとも生き返ることは無い。時間は決して、戻りはしない……


「酷いっ、こんなの、酷すぎる……」


 一方は胸を貫かれ木と衝突した際に折れたと思われる逆方向に曲がった右足と左足。もう一方は頭を潰され木ともう1つの体との板挟みになり四肢に至るまで全体がぐちゃぐちゃに変形した体。

 2人の死因は異なるが、どちらも人としての原型をギリギリ留められている状態だった。


「だめ……、死んじゃ、だめ……。私が、私があんな無茶をさせなければ、ザックさんの疲労をもっと考慮して行動していれば……」


 アリシア程優秀な生徒が、死んだ者に回復魔法は効果が無いと知らないわけが無い。そう、心の奥ではわかっていても手を止めることはできなかった。


「私の、せいで、私のせいで2人はっ……」


 涙を流しながらそう何度も呟くアリシア。確かに、アリシアの取った行動は最善ではなかったかもしれない。それでも、そこに居る人員でできる限りのことをした彼女の判断を誰も責める事はできないだろう。


 ここにレオが、あるいはアレクが居れば2人は死なずに済んだかもしれない。だが、その場に2人はいなかった。それが現実だ。


「お願い、治って……、治って……っ!」


 そうしてひたすらに回復魔法をかけるアリシア。そんなアリシアにすら悪魔の魔の手は降りかかる。


「アリシア様逃げてっ!」

「えっ、」


 取り残された女子生徒2人のどちらかがアリシアに向けてそう叫ぶ。それに、気づいたアリシアは自分の頭上に影ができていることに気づき顔を上げる。そこで目にしたのは自分目掛けて振り上げられた黒い蔓。

 今、自信が回復魔法をかける2人をこんな姿にした元凶、異形と化したブリッツの右腕だった。


 その瞬間、アリシアの思考は加速し、世界がスローモーションへと変わる。これまでの人生が走馬灯のようにフラッシュバックする中で最後にアリシア頭の中で思い浮かばれたのは、友達と呼べる存在の少ない自分に唯一優しく微笑んでくれた彼の、初めて恋をした男の子の顔だった。


「レオ君……」

 

 最後にそう呟き、衝撃に備えて目を閉じるアリシア。後悔や悲しみと言った感情が溢れ出しその目からは涙がこぼれる。


 お父様、お母様、サリー。今までありがとう。

 レオ君、沢山迷惑をかけてごめんなさい……直接伝えられないのは残念だけど今までも、これからも、ずっと大好き。


 スローモーションの世界で死を前にして覚悟を決めたアリシア。だが、目をつぶってから数秒経っても衝撃が襲ってくる事は無かった。

 恐る恐る目を開けてみればそこには変わらず存在する大木のように太い蔓とそれに手を掲げ自分を守るようにして立つ大きな背中。


 その背中が誰なのか直ぐに分かったアリシアは死を目前にした恐怖心とそこから開放された安心感からさらに涙を溢れさせる。


「よく頑張ったね、アリシア」


 そこには2本の剣を携え


「うっ、うぅっ!」

「待たせてごめん。でも、もう大丈夫」


 濃紺の髪を風になびかせた1人の青年がいた。


「ぐすっ、……レオ君、助けて……」

「嗚呼、言われなくても、その為に来たんだ」


 彼の名は、レオナルド・フォン・リヴァイス。

 アストレア魔法学院、最強の男

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