第4章 夏合宿編 六十五話 事件の始まり


 ――合宿4日目――


「えぇ、今日から森での実技訓練が始まる訳だが生徒諸君森にはいる際は十分に注意して欲しい。いくら人の手で管理されているとは言え自然の中は危険に溢れている、多少の怪我ならいいが万が一身の危険を感じた時は直ぐに逃げるもしくは緊急用の信号弾を打ち上げるように。それじゃあ訓練の内容を説明するぞ」


 注意喚起兼訓練の説明で始まった朝の朝礼、担当であるメルト先生は連日の騒動からかいつにも増して眠そうだ。


「メルト先生いつも以上にダルそうだな。今にもぶっ倒れそうだし」

「まぁ仕方がないだろう。あれ以来この合宿で使われる敷地一帯の警戒レベルを上げた事で仕事が増えたらしいからな。昨日も休憩時間に徹夜だと愚痴を聞かされたばかりだ」


 今回特例で実技訓練に参加出来ないアレクは基本的に教師陣と共に運営側の仕事を回している。その為かメルト先生と一緒にいる時間も多いらしくその度に愚痴を聞かされているらしい。


「お前も色々と大変なんだな」

「おい、そこの2人。ただでさえ説明するのなんざ面倒なんだしっかり聞いてろ。2回も説明しないぞ」

「「はい……」」


 この人今面倒って言ったか? いくら疲れてるとは言え他の先生もいる前でそう言うこと言っちゃっていいのか?

 まぁ今回ばかりは俺達が悪いけど……


「あー、話が逸れたな。それじゃあ続きから話していくぞ。今この森には学院が保有する魔物が小型から大型まで約百体以上放たれている。今回の訓練はその魔物の討伐だ」


 その後も先生の説明は順調に進んで行った。大まかな内容はこうだ。


 1、今回の訓練はポイント制で各班事に取ったポイントで競争を行う。


 2、訓練は丸一日通しで行われる。食料は支給された物が尽きしだい各班で確保すること。水に関しては十分な量が支給される。


 3、睡眠は所々に設けられた魔物避けの魔力結晶が一定間隔で設置されている中に支給した仮説テントを建て取ることとする。


 4、ポイントは森に放たれた魔物の討伐により増加する。魔物には種類があり討伐した種類によって獲得するポイントが決まる。小型は1、中型は10、大型が50だ。


 5、実技訓練は数日の間行われ1年と2年が日毎に交互で行う。


 6、最終的な順位は期間内のポイントの合計で学年別に発表をする。


 俺達1年は今日と6日目、それと8日目の3日間か。連日実技ではなく1日置きに休みがあるのは魔力の消費面を考えてもかなり嬉しいな。


「説明は以上だ。何か質問あるやつはいるか〜」


 ん? そう言えば……


「先生、1ついいですか?」

「ん、レオか。どこか気になるところがあったか?」

「実技訓練って連日通して行われるんですよね? そうなると日が経つにつれ魔物の数も減るってことですか?」

「いや、その心配は無い。今回の訓練にも学院の演習場や対抗戦と同じ魔力結晶が使われている。怪我はするが痛みは無いし時間が経てば傷も治るからな。魔物も同じだ」


 なるほどな、魔物も対象って事は俺達と同じで切られたりしても死なずに直ぐ治るって事か。けど待てよ、それだとポイントはどうやって記録されるんだ?


「その場合ってポイントはどうやって記録されるんですか?」

「お、いい質問だな。それについても心配はいらない。ポイントの記録はこの後配る支給品の中のネックレスを各自つけて貰う。それを見ればわかるとは思うがそのネックレスに付いている魔力結晶が監督室にある魔力結晶と繋がっていてそこに班単位でのポイントが記録される仕組みだ」


 つまりそのネックレスさえ付けていれば魔物に攻撃してその攻撃がその魔物を倒せる程の威力だった場合ポイントが増えていくって訳か。

 殆ど通信用しか使ったことないけどこう考えると魔力結晶って便利だよなぁ。


 そんな事を考えているとメルト先生の後ろに並んでいた教師陣の内若い女の先生が何やら耳打ちしている。どうやら伝え忘れた事があったみたいだ。


「あー、そうだった。最後に、魔物に付いてだが今回放たれた魔物は全て学院が保護、もしくは召喚した魔物だ。しっかりと生徒の訓練のために戦うよう魔物達も訓練されている。

 雰囲気を出すために実地での夜間の睡眠や魔物避けの魔力結晶を使ってはいるが魔物達が危害を加えてくることは無いから安心しろ。なんなら、使い魔を従えてる奴は夜の間自然環境の中で一緒に遊ばせてやってもいいぞ」


 メルト先生は悪戯を考える子供のように笑うと冗談交じりにそう言った。


 まぁ半分は冗談じゃないとは思うけど。実際に雰囲気だけでもそうして実際の戦闘と同じ事をするのは大事だし、使い魔達も本来の環境で他の魔物達とリラックスして遊べるのはいい息抜きになるだろうから。


「よし、これで本当に説明は終わりだ。開始は30分後、時間になったらもう一度ここに集まってくれ。それまでは各班作戦を決めるなり休憩するなり好きにして構わない。それじゃあ解散〜」


 そうしてメルト先生は欠伸をしながら自分も教師陣の集まる方へ行きそれを見て他の生徒達も各々行動を始めた。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


 ――3時間後――


「バーン、右前方に小さいのが2匹いる。ルイの方にも左斜め後方に中型が1匹だ」

「おう、任せろ!」

「了解」


 別の位置で2人が魔法を放つとその攻撃は魔物目掛けて飛んでいき寸分の狂いもなく三体の魔物が同時に攻撃を受ける。

 こうして訓練が始まってから少し時間も経ち周りの班が徐々にポイントを獲得していく中、俺達Aクラス第2班も順調にポイントを稼いでた。


「うしっ、ポイント増えたな。これで何体目だ?」

「小型が27体、中型が8体だな」

「まだ始まって直ぐだから分からないけど2時間半でこの数は多いのかな?」


 そう言ったのは同じ班の少女レナさんだ。


「どうだろう、少なくとも今わかってるのは同じ魔物は時間を置かないと攻撃出来ないって事かな。このシステムで30体以上狩れてればそれなりに多いとは思うけど」

「同じ魔物を続けて攻撃出来ないとはいえそれは自分の班だけだからね。さっき別の班を見かけたけど俺達が切った魔物を攻撃してたみたいだし」

「それよか、大型は居ねぇのかよ。影も形も見当たらねぇぞ?」


 恐らく大型の魔物の数は極端に少ないんだろう。この森の広さに対して魔物の数が百体以上ならば大型の数は十体ぐらいだろうか。

 それに……


「大型の事はとりあえず気にしなくていいと思うぞ」

「? どういう事だい?」

「今まで倒した小型と中型の魔物は全部野生の魔物と同じ動きをしてたんだ。

 例えば小型の兎なら追いかけると逃げるし逆に中型の狼や猪は危害を加えようとすると襲ってくる。だとしたら大型はしあっちが俺達を見つければ勝手に近寄ってきてくれると思うよ。まぁ種類にもよるけど」


 それに、この訓練の評価基準はポイントの量だ。いくら獲得するポイントが多いとは言え見つかりづらくそれも小型や中型よりも面倒な大型に時間を割く必要は無い。


「なるほどね、確かにそれなら大型に意識を割くより小型や中型でポイントを稼いだ方が良さそうだ」

「よっしゃ、そうと決まればどんどん狩るぞ!」

「あー、張り切ってるところ悪いなバーン。次は俺の番だ」


 さっきも言った通り大型に時間を割く必要は無い。それは小型や中型を狩った方が効率がいいからだ。けど、1つ例外がある。それは時間をかけず小型や中型と同じスピードで大型を狩れる場合だ。


「俺達は運がいいな。ちょうど近くに1体良い獲物がいるぞ」

「えっと、レオナルド君? それってどういう……」


 レナさんの言葉を聞き終える前に俺はさっきから魔力探知レーダーの端の方に感じていた大きな魔力源の頭上に転移窓ワープを展開し前方の少し開けた場所に転移させる。


「ガウゥゥッ……」

「うおっ! なんだこいつ!? いきなり出てきやがった!」

「なっ! これって大型!? どうして急に!」

「おぉ、熊だったか。ダリスの所のランドよりも少しでかい位かな?」

「あー、なるほど。そう言うことか。確かにそれなら大型を狙うのも一つの手として有りだね」

「2人ともなんでそんなに落ち着いてるの!? 熊の魔物でしかも大型なんて早く逃げないと危ないよ!」


 そうして慌てているのは人見知りらしく今まであまり声を出していなかったもう1人の班員ミラさんだ。

 レナさんとミラさんはどうやら親戚らしくとても仲がいいらしい。


 っと、今はそれどころじゃないな。


「心配しなくても大丈夫だよミラさん。この班にいるのが誰だか忘れたのかい?」

「え、それって……」

「バーン、危ないから少し下がっててくれ」

「ん? あぁ、こいつがいきなり出てきたのはそう言うことか」

「うん、そう言うことだからここは俺に任せてくれ」

「おう、どの道俺じゃまだこの魔物は手こずりそうだからな」


 そう言いながらバーンは直ぐに俺の後ろへと下がってくれた。


「さて、どうやって倒すか。大型は久しぶりだからな」


 そうして俺が呑気に考えていると熊の魔物はしびれを切らしたのかその丸太のように太い右腕を振りかぶり俺目掛けて振り下ろす。


「ガァァッ!」

「おっと、そう来るか。それならこうだ!」


 熊の行動を見た俺はその攻撃が直撃するよりも早く右手を前に出し時間魔法でその動きを止める。


「グ、ガ、ガァァッ!?」

「まぁ、いきなり知らないところに飛ばされて動くこともできなくなったらそりゃ熊でもそんな反応するよな」


 と言っても貴重な高得点だ。こいつには悪いがここで倒されてもらおう。


 俺は異空間収納から白夜を取りだし目の前の熊に向けて構え振り下ろす。


「ふっ!」


 放たれた一閃は鮮やかに熊の巨体に傷を付け地面へとその膝を付けさせた。


「よっし! これで50ポイント、高得点だぜ!」

「流石だねレオ君、見事な一撃だったよ。……レオ君? どうかしたのか?」

「……誰か、回復魔法を使える奴はいるか」

「えっと、私達一応使えるけど、どこか怪我したの?」


 レナさんの言葉に首を振り同意しながらミラさんとレナさんが俺の元へ寄ってくる。


「何言ってんだ、怪我したって魔力結晶の効果で傷も治るし痛みも無ぇはずだろ」

「違う、俺じゃない。その熊に直ぐ回復魔法を!」

「えっ、どういうこと? 魔物の傷も時間が経てば直るんじゃ……」

「確かに、魔物だって攻撃されても痛みもないし傷も時間が経てば直る。それは魔力結晶があるおかげだ。だから気づきづらいけど俺達がどれだけ魔物に攻撃しようと逆に攻撃されようとが流れることなんて有り得ないんだよ……」


 それは、冒険者として実践も経験していて尚且つこのクラスで誰よりもこの魔力結晶のある環境の中で戦闘をしてきた俺だからこそ分かる事だった。


「けど、なら何で俺の剣には血が着いてる? 何であの熊は痛みが無いはずなのに地面に倒れて血を流してる!」

「それって、つまり……」

「理由は分からないけど、魔力結晶の効果が発動していない……」

「……っ!」


 俺の言葉を聞き一瞬は動揺したもののレナさんは直ぐに熊の元へと走りそれに続くようにミラさんも走り出した。


「そいつは学院の保有する言わばペットみたいな奴だ何としても助けなきゃならない。2人とも頼む」

「うん、自身は無いけど何とかしてみる」

「わ、私も、頑張る」


 俺も本気で切ってはいないし血を流してからそこまで時間も経ってないから多分大丈夫だろう。


「それより、魔力結晶が無いとなるとこれ以上の戦闘は魔物側も僕達側も危険だね」

「でもよ、何だっていきなり魔力結晶の効果が消えちまったんだ? さっきまでは何とも無かっただろ」

「それは、先生達に聞いてみないと分からない。でも、何かトラブルがあったのは確かだ。とにかく今は何が起きてるのか調べないと。バーンは治療してる2人が無いとは思うけど他の魔物に襲われないように見張りをルイは信号弾を上げてくれ」

「分かった。レオ君はどうするんだ」

「俺は監督室に行って何が起きてるのか聞いてくる。後、これを渡しておく」


 そう言って俺が取り出したのはメルト先生から預かっている1班専用の通信用魔力結晶だ。


「これは……?」

「通信用の魔力結晶だ。何かあったらそれを使えばメルト先生と1班の4人に繋がる。それじゃあここは2人に任せたぞ」

「了解、レオ君も気をつけて」

「嗚呼、それじゃあ行ってく……」


 後の事を2人に任せ俺が転移門ゲートを開こうとした時、合宿で使われている敷地内の2箇所から大きな爆発が起こった。1つは森の東側そして、もう1つの爆発が起きたのは……


「あの方向は、宿舎の……!」


 そう、爆発の起きた2つ目の場所は俺が今から向かおうとしている宿舎の方角だった。

 

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