第4章 夏合宿編 六十四話 男の意地


 ――よぉ、ブリッツ。1人なのか?――


 ――これを頼めるのはお前だけなんだ――


 ――アリシアを守って欲しい――


 全く、考えれば考えるほど面倒な事を押し付けてくれたものだ。そもそも、あいつの頼みを聞くような程親密な間柄になった覚えもなければ俺はあいつをまだ認めていない。


「いや、これはただの意地か……」


 確かにあいつは強い。それは実際に戦ったからこそよく実感している。ならばあいつを認められない原因なんなのか、それは俺の方に問題がある。


「将来、国を支えなければいけない貴族家の嫡男として、この様ではダメだな」


 だが、それでも一度芽吹いてしまった感情を抑えるのは簡単ではない。それが出来たなら俺はとっくにあいつを認めている。ならばどうすればいいか、そんなのは簡単だ。


「この合宿で、必ずお前を追い抜いてやる」


 その為にも、明日からの訓練では4班よりもいい成果を出さなければ……


「おや、そこにいるのはブリッツ君かな?」

「……っ! 誰だ!」

「まぁまぁ、安心したまえ。おっと、挨拶がまだだったね。私はノワール、2年Aクラスの担任を受け持っている」

「……っ、そうでしたか。これは失礼しました。それで、俺に何か用でも?」


 こいつ、一体いつから後ろに……


「何、私も少し散歩をしていただけだ。特に用件もある訳じゃない、ただの偶然さ。そう言う君は見たところ練習場からの帰りと言ったところかな?」


 何か嫌な予感がする、とにかく今は直ぐにでもこの場から離れるか。


「えぇ、そうですが……。それだけでしたら俺はこれで失礼します」

「何だ、もう行ってしまうのかい? ここで会ったのも何かの縁だ、もう少し話に付き合ってくれてもいいだろう?」

「お話でしたら学院に帰ってからでもいつでもできます。それに、この後班員と明日の打ち合わせをする予定なので。今日はこれで失礼させていただきます」


 引き留めようとしてきた……? やはり何か俺に用があるのか、それともただの気まぐれか、どちらにしろ長話はしない方が良さそうだな。


「そうか、わかった。確かに話しだけなら学院でもできるからね。それじゃあ、夜は暗いからくれぐれも気をつけるように」

「わかっています、それでは」

「あぁ、最後に1ついいかな?」

「……なんでしょう」

「これは学院で聞いた話なんだが、どうやら君は例の首席君を酷く敵視しているみたいじゃないか。私で良ければ力を貸すが?」


 ……っ! なるほどな、なんの目的かは知らないが俺に話しかけてきたのはあいつが関係していると言うことか。


「それが何か? クラスメイトと鎬を削るのは至って普通な事だと思いますがね。それに、生徒間のいざこざにおいて教師がどちらか一方に肩入れするのはいかがなものかと」

「ふむ、まぁそうだね。君の言う通りだ。けどいいのかな? せっかくのチャンスを手放しても」

「チャンス、ですか……ふっ、馬鹿馬鹿しい。そんな物無くとも俺は奴に勝ちますよ」


 他人に助けられて手に入れる勝利など自分の実力で勝ち取った事にはならない。そんな偽物の勝利では俺が奴より強いと言う証拠には不十分だ。


「なるほど、君がそう言うならいいだろう。だが、1つ言っておく。今の君では彼には勝てないよ」

「そんな物やってみなければ分からないでしょう。それでは失礼します」


 奴には1度大敗しているんだ。もう二度と、同じ結果を繰り返す訳にはいかない。だからこそ、俺は自分の実力で……



 ▽▲▽▲▽▲▽▲


「はぁ、言ってしまったか。ん? なんだ通信か。はいはい、こちらノワール」


『そっちは順調か』


「順調だとも。要件はそれだけかい?」


『今回の作戦、失敗は許されん。くれぐれも学院側には気取られるなよ』


「嗚呼、抜かりはないさ。それと、1つ嬉しい報告だ」


『何だ?』


「当初狙っていた生徒の他にも中々面白そうなのを数人見つけた。金髪で気の強そうなツリ目の男子生徒だ。あぁ、眉間にシワも寄っていたから見たら直ぐに分かると思うよ」


『なるほど、ではそいつもターゲットに加えるという事でいいな?』


「嗚呼、問題ない。それじゃあ私は仕事に戻る、夜に1人でふらついてると怪しまれてしまうからね」


『了解した。作戦決行の時間に変更は無い、予定通り頼んだぞ』


「任せておきたまえ。ふぅ、それじゃあ私も戻るとするかな」


 そうして1人の教師は夜の暗闇の中へと姿を消した。


 

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