オ・ラシーヌに住むキラキラ王子

出会い

第一話 王子様が言うことには


― 王国歴1116年 初秋


― サンレオナール王都




 読者の皆さん、お久しぶり。語りを務めるのは前作の「君に聞かせる子守唄」以来だ。今作になってやっとカッコいいヒーローぶりを披露できた僕だが、裏では筆舌に尽くしがたい努力を強いられていた。


 僕のクロエはとにかく難攻不落だったのだ。恋愛中のあらゆる段階において、この僕の方からお願いして頭を下げて、それでも色々と困難に見舞われ中々進展しなかった。全く、こんなの僕の主義に大いに反している。ここまで面倒臭い女なんてご免だ、と以前の僕ならすぐに諦めて他を当たっていただろう。


 ファーストキス、初エッチ、交際、求婚に至るまで次から次へとハプニングが起こり、僕は難関を何度も潜り抜けなければいけなかった。初エッチと交際の順番がどうも違うじゃないかと僕に突っ込まれても困る、クロエに聞いてくれ。


 このフランソワ編は語るも涙、聞くも涙の苦悩と困難と煩悩との戦いの記録であり、僕が愛を勝ち取るまでの感動のストーリーなのだ。




 クロエとは職場で出会った。僕が就職して三年目の年に、侍臣養成学院から一年飛び級をして僕の隣の部屋に配属になったのだ。身分は男爵令嬢とは言え、平民が通う侍臣養成学院から、鳴り物入りで高級文官として就職したクロエに関する噂は嫌でも耳に入ってきていた。


 彼女の顔立ちと経歴から察するにきつい性格なのだろうなと思っていた僕だった。最初はその程度の認識だったのだ。


 学院での成績は中の上くらいで、高級文官試験にギリギリ合格した僕としては、クロエのような才女は積極的に関わりたくない相手だった。僕は仕事に生き甲斐を見つけるタイプではないし、人生は気軽に楽しむというのがモットーなのだ。大体公爵家出身の僕は仕事に必死にならなくても十分経済的に余裕がある。


 そんな僕はある日の夕方、締め切り間近の書類を誰かに直してもらう必要があり、たまたま一人残っていたクロエに頼んだ。いつも仕事は適当にしている僕でも一応は文官の端くれで、彼女の的確な指摘と手際の良さはすぐに分かった。かと言ってクロエは頭の良さを鼻にかけて僕を馬鹿にしているわけでもなかった。それがきっかけで僕は彼女に少し興味を持った。彼女は実は腰が低く、良く気が利く働き者だった。


 そしてしばらく後、休憩室で一緒になった時にクロエが手作りクッキーをお裾分けしてくれたことがあった。その時に彼女がふっと一瞬だけ微笑んだのだ。生真面目で無表情な彼女のレアな微笑みに、このフランソワ・テネーブルは不覚にもときめいてしまった。


 職場の同僚に手を出すのは躊躇ためらわれた。しかも遊びで付き合えそうにないのは分かっていた。それでも僕はクロエが気になってしょうがなかった。


 その数日後にクロエは同じクッキーを沢山焼いてきた。大人気ないが、ほとんど独り占めしてしまった。食べきれない分はハンカチに包んで自宅に持って帰ることにした。


 何となく、他の男共に食べさせたくなかったのである。特にクロエと同じ部屋でやたら彼女に付きまとっているニコラとか言うあの小動物系の男に食わせるには百年早い。


「あ、クロエここに居たの。あのクッキー持って来たの、君でしょう? 今日のも美味しかったよ、ありがとう」


 僕は昼休み、休憩室の前を通りがかったふりをして、そこで昼食を食べているクロエに得意のさわやか笑顔で礼を言った。ポリーヌさんとあの小動物男の三人で弁当を広げている。小動物が怪しむような目線を向けてくるが、ふん、痛くもかゆくもないぞ。


「喜んで頂けて何よりですわ」


 うんうん、この顔が見たかったのだ。クロエが僕にだけ微笑みかけてくれ、思わず頬がゆるんだ。クロエはあまり笑わないから時々見せるちょっとした笑顔がすごく可愛いのだ。


「そうよね、クロエさんの妹さんは料理とお菓子作りの名人ですものねー」


 何だと、おい、お局ポリーヌ今何て言った?


「えっ、あのクッキーって……妹さんが……?」


「はい、そうです。今回は成功したって満足げに言っていました」


 僕は動揺を隠せたかどうか分からないが、小動物野郎がほくそ笑んでいたような気がする……


 クロエ妹の手作りクッキーは今更元にも戻せず、結局持って帰り、甘いもの好きの姉に食べてもらった。




 ある冬の日のことだった。クロエが残業していることを知っていた僕は彼女が終わるのを今か今かと待っていた。そして彼女が帰り支度をし始めた時に偶然を装って一緒に帰ろうと誘った。


 お前は職場に何のために行っているのだ、本当に仕事をしているのか怪しいぞとお思いの読者の方も多いだと? 言っておくが僕は常に出来る範囲内で真面目に勤めているのだ。ただ時々書類提出が締め切りギリギリになることがあるだけだ。


 話を戻そう。この僕に誘われると大抵の女性は喜ぶ。


『まあ、ご親切にありがとうございます。嬉しいですわぁ、フランソワさま♡』


 まあこんな感じだ。だが、クロエは素っ気なくきっぱりと断るのだ。


「お気遣いありがとうございます。けれど、ご心配は無用です」


 ただ遠慮しているのかと思ってもう少し粘ってみたところ、彼女はためらいながらも、しっかりと僕の目を見つめて拒絶するのだ。


「……お恥ずかしいことなのですが、私が住む地区はおよそ公爵家の馬車が入ってこられるような場所ではございません。強盗に遭うのがおちです。それに、こんな夜中に私と二人で馬車に乗り込むところを誰かに見られるのはテネーブルさまも避けたいですよね。失礼いたします」


 彼女の茶色の髪よりも少し薄い茶色だな、なんて至近距離で瞳の色のチェックも入れていた僕だった。クロエはそんな僕をおいて本宮を出て、王宮の正門方向へすたすたと去って行ってしまった。




 こんなツンツン女子は僕の周りには今までに居なかった。あまり愛想も良くないこの子はツンな上にねやではマグロなのかもしれない。僕は大いに燃えた。攻略甲斐があるってものだ。冷凍マグロも僕のテクにかかれば即解凍だ。


 最初は彼女がどうして僕を拒否するのか分からず、僕はただ腹を立てていた。しつこく付きまとうのは止めたつもりだったが、時々食事や観劇やら歌劇やらにさりげなく誘ってみた。決まって断られた。


 別に一緒に出掛ける女性に不自由していたわけでもない。次期公爵で高級文官という肩書のお陰で言い寄ってくる女はいくらでも居たし、大抵は気軽に声を掛けるとホイホイと喜んでついてくる。そして女の子が僕に夢中になり過ぎる前に僕の方が冷めてフェードアウトしてしまうのがいつものパターンだった。


 ところがクロエはそれ以前の問題で、中々首を縦に振らない。僕の誘いに全然興味がないふりをしているだけなのは分かっていた。かと言って恋愛慣れしていて、駆け引きをしているわけでもないようだった。


 クロエと仲の良いお局ポリーヌ女史にこっそり聞いたところによると、彼女には今のところ恋人も婚約者も居ず、好みのタイプは誠実で頼りがいのある男らしい。誠実さにはちょっと欠けるかもしれないが、いざと言う時には僕は頼りになるのだ。どこがいけないと言うのだ。




***ひとこと***

お待たせしました! 突っ込みドコロ満載のオ・ラシーヌに住むキラキラ王子 編のはじまりはじまりです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る