第12切(了)「丸山夫妻、そして二人の娘」

 ピンポーン…


「はい、丸山です。」


 大学生くらいの女性がインターフォンに出た。


「ピザのお届けに参りました。」


「あ、はい。今出ます。」


 料理が苦手な女は夕食にピザの配達を頼んでいた。


 とっとっとっ…

 ガチャ…


「ご苦労様で…うむぐ!?」


「はい、お嬢ちゃん。つーかまーえた。」


「んんーーー!!!」


 玄関のドアを開けた女性の前には三人の男がいた。

 女性は男の手で口を押さえられたが、手足を出鱈目に男へ叩きつけて抵抗していた。


「そんな暴れんなよ…殺すぞ?」


 ジャキ…


「!?!?!?」


 暴れている女性の額に一人の男が冷たいものをあてがった。

 それは拳銃の銃口だった。

 女性は大人しくする他に道はなかった。


「よし、いい子だ。おいお前、家ん中片っ端から見てこい。」


「うす!」


 拳銃を持った男の指示でもう一人の男が女性の住む家の家捜しを始めた。

 女性は男に口を押さえられたまま、近くに立つ拳銃の男の顔を見ていた。

 女性はその顔に見覚えがあった。


(!!!…この人、で捕まった主犯連中の一人だ!)


 あの事件とは、通称・と呼ばれる事件のことだ。


(なんでこの人が!?この人は死刑になったはずじゃないの!?)


「おやおや?お嬢ちゃん。俺の顔に何か付いているかな?ククク…」


「んんん!」


「…いいから喋らせてやれ。ただし、身体からだは押さえておけよ。おっと、お嬢ちゃん。デケー声は出すなよ?もし出したら…わかってるよな?」


 男は拳銃を女性に見せつけた。

 女性が小さく頷くと、口を押さえつけていた男の手が離れた。


「……あなたはピザランド事件で死刑にされた人でしょう。どうしてここに…」


 女性が問い掛けると男はニヤリと笑ってから話を始めた。


「ああ、そうだな。でももし、死刑にされたのが俺ではなかったとしたら?」


「!!!」


「もし俺がだったとしたら?ククク…どうだ?君ならどう考える?お嬢ちゃん?」


「そんな…嘘でしょ…」


「事実だよ。俺は双子だ。無論、出生届けは出てないがな。ってのは双子は禁忌なんだとよ。そういう古い風習のお陰で俺はゴミの様に捨てられ、戸籍もないまま暗いマンホールの下の下水道でホームレスに育てられたんだ。まあ、捨てられたお陰様で今回は生き残ったんだがな。」


「それじゃまさか!?」


「そのまさかだよ。死刑になったのは無実の俺の兄貴だよ。俺を捨てた天の一族である兄貴が犯罪者になり、死刑にされて、それが世界中で騒がれていたのを見ているのは傑作だったよ。ククク…」


「そんなこと…本当に……でも、こんなことしても無駄よ!父は海外出張でずっと家に居ないし、母は昨日から近所の人と旅行中だから暫くは帰ってこないわ。それにうちにはセキュリティシステムがあるのよ。異常を察知したシステムによる通報ですぐに警察がここに来るわ。あなたは拘束されて今度こそ死刑にされるわよ。それが嫌ならさっさと逃げなさい。」


(お願い!信じて!騙されて!)


 女性は男にをかました。


「ククク…それは面白い話だ。でもな、お嬢ちゃん。もしだ。もし俺が自分は死んでも構わないからピザランドを破綻させた組織のリーダーへの復讐を考えていたとしたらどうだ?さて、君が俺ならどう考える?」


(そんな…死んでも復讐って…それじゃあ…くっ…いや何か良い方法があるはず…)


「ふふふ、そう。なら早く私を殺して父と母への復讐をしなさいよ。あ、そうそう。妹は帰ってこないわよ。あの子、高校生になってから寮に入ってるから。…さあ、わかったら早く私を殺して逃げなさいよ!殺さないともっと大声出すわよ!」


「ククク…さっきから面白いお嬢ちゃんだ。でも少し考えが甘いな。確かにリーダーお前の両親への復讐はお前や妹を殺すことだが、そんなもので済ませると思うか?ピザランドはな、俺がこの国を破滅させてやろうとして作った施設なんだよ。それを壊されたなら、同じように壊したやつも壊れてもらわねえとなあ!」


 自らの命を犠牲にしたとしても、家族の命を救うためについた女性の嘘は男に通用しなかった。


「……あなた、何が言いたいの?」


「さあな。」


沢地さわちさん、この家の中には他に誰も居ませんでした。」


「そうか、じゃあ…」


 パンッ!

 ドサッ!


 渇いた音が響き渡り、家捜しをしていた男は頭から血を吹き出して倒れた。

 沢地と呼ばれた男は、話を聞くなり仲間であるはずのその男の頭を拳銃で打っていた。


「ひっ!」


「お前はもう用済みだ。後は俺とマサの二人でやれる。マサ!一度その女を黙らせろ。」


「おう!」


「むぐぐ………ぐむ……うむう…」


 マサと呼ばれた女性を押さえている男が、女性の口の中に白い粉の様なものを無理矢理こじ入れると、その作用なのか女性の目は虚ろになり、やがて大人しくなった。


「さてと…じゃあ準備しながら家族の帰りを待つか。」


「母親が先か、妹が先か…なんにしても父親の反応が楽しみだな、沢地。」


「そうだな。」


 沢地という男とマサという男はキッチンと風呂場で何やら工作をしながら女性の家族の帰りを待った。


 そして、約二時間後……


「ただいまー。彩姉あやねえ、玄関鍵開けっぱだよ。気をつけて……うぐ!」


「ククク、最初は妹か。さて次は……」


 沢地とマサは帰宅した妹を手早く拘束した。


 さらに一時間後……


「ただいま。彩、理沙りさ、二人ともちゃんと鍵閉めなさいよ。危な……ぐ!」


「おっと、黙ってな。」


 二人は母親も同じように拘束した。

 それから拘束した三人を揃って居間の椅子にガムテープで固定した。


「…さて沢地。こいつらの準備は出来た。そろそろ始めるか?」


「そうだな……じゃあ、マサ。先にあっちで待ってろよ?」


「おう!」


 パンッ!

 ドスンッ!


 沢地はマサの脳天を拳銃で撃ち抜いた。


 さらに四十分後……


 彩と理沙の姉妹と二人の母親は、居間の椅子に固定されたままだった。


「んむ……!!」


「んう……!」


「んく……!!!」


「よお、待たせたな?」


 三人は身体からだだけでなく、目と口もガムテープで閉ざされていた。

 そして、耳にはヘッドフォンをさせられていたが、沢地は三人のヘッドフォンを外してから話を始めた。


「さて、早速だが…今からゲームをしようと思う。良いか、三人ともよく聞け。ここに三種類のピザがある。」


 三人の前にあるテーブルに三つのピザが置いてあった。


「お前達にはそれぞれ順番にこのピザを食べてもらい、具材を当ててもらう。それだけのゲームだ。簡単だろう?」


 沢地は利きピザをさせようとしていた。


「具材の説明はあとだ。とにかく食って貰おうか。温かいうちにな。」


 そう言うと沢地は、彩と母親に再びヘッドフォンをつけ直すと、理沙の口のガムテープを剥がして中に一枚のピザを突っ込んだ。


「むぐう……おぇ…臭い……なにこれ…」


 理沙は視界を閉ざされたまま食べさせられたピザの異様な臭さに耐えきれず、すぐに吐き出した。


「さて、理沙だったかな?一つ目の味は覚えたか?…では次のピザだ。」


 沢地はそれを三度繰り返した。

 そして、理沙は三度ともすぐにそれを吐き出した。


「さて、今お前は三種類のピザを食べたわけだが…ここで問題だ。具材にを使ったピザは何番目だ?」


「……え?……マサ!?…嘘……え?…まさか人の名前じゃないよね!ねえ!答えてよ!ねえってば!」


 沢地は殺したマサを切り刻んでピザの具材にしていた。


「ほら、何番か答えろ。さもなくばお前の姉と母親はピザになるぞ!」


「うっ!……じゃあ二番目…うう…」


「外れだ。正解は三つ全てにマサ入りだ!不正解のペナルティとしてお前にはピザのおかわりをくれてやる。」


「!!!嫌!やめて!うむぐ…う…!!」


 沢地は理沙の口にピザを三枚突っ込むとガムテーブで口を止めた。


 五分後……


「確か、お前は彩とか言ったな。答えろ彩。マサはどれに入っているかな?」


 沢地は理沙にしたように、彩にも同じ様に目隠ししたままピザを口にさせ、同じ問題を出していた。


「この人でなし!狂人!変態!あんたなんかさっさと死刑になるべきよ!」


「ククク…それがお前の答えか。」


 一時間後……


「待たせたな。よ。」


 沢地は母親の目と口のガムテーブを剥がして声をかけた。


「!!!あなたは沢地さわちごう!?!?…あなたなぜ…むぐ…」


「質問はなしだ。質問をしたらお前の娘達は死ぬぞ。」


 沢地は母親の口を押さえて言った。


「!!!………わかったわ。」


「よし、ならば……一先ず視界は奪わせてもらおうか。」


 沢地は再びガムテーブを母親の目に貼り付けると、母親にも娘達と同じことをした。

 ただし、母親には二種類のピザをそれぞれ二枚ずつ、計四枚食べさせ、それを吐き出すと娘達を殺すと脅して、吐き出すことを禁じた。


「う…ぇ……なんなのこれは……一体なにを食わせたの?」


 母親は吐き気に耐えながら沢地に疑問を投げ掛けたが、沢地は答えなかった。


「沢地!答えなさい!」


 沢地は答えなかった。


「沢地!沢地!さわ…!!ぉぇぇ……」


 ついに母親はさっき食べさせられたピザを吐いてしまったが、既に沢地の姿はそこにはなかった。


 そして、翌日。

 親父が帰ってきた時に全てが判明した。


 椅子に固定された母親の前には二つのピザが並び、それぞれ、と書いた紙が置いてあった。

 そして、真っ赤に染まった台所には二人のものと思われる亡骸の一部があった。

 亡骸の残りの部分は、風呂場にあった。

 特殊なシートを敷かれた浴槽に硫酸が溜められていて、そこには、彩、理沙、マサ、家捜しをした男の亡骸が詰められていた。


 そして、家の中には恐らく亡骸となった誰かの血を使って筆で書いたであろうメッセージが残されていた。




 ピザランド会員ナンバー302号!

 これがお前の裏切りへの報いだ!

 俺からのピザをしかと味わえ!

 具材はお前の最愛の娘達だ!




 彩と理沙の父親と母親はピザランドの会員だった。

 しかし、二人は子供が出来たことにより人としての在り方と自らの犯した罪を見つめ、ピザランドを裏切り、やがてピザランドは壊滅することになった。

 その結果、二人はピザランド崩壊への勇気ある裏切者として英雄とも奸雄とも言われたが、結果としてピザランド創設者の沢地から怨まれることになった。


 この一件以来、ピザランド創設者の沢地も、丸山夫妻もその姿を見た人物はいない。

 ここで語られた一連の出来事は、住人不在となった丸山邸の防犯カメラに残された記録を元にしたものである。


 


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