第8切「政治屋の元秘書の友人」

「では、二ヶ月後に与野党の合意の上で解散を致しますので、その際の選挙ではどうぞよろしくお願いします。」


「はい、はい、わかりました。そうさせて頂きます。ありがとうございます。」


「そうです。一切れ百万円で、通常のピザが八切れ、大が十二切れになってます。ご支援頂く際には一切れ単位から一枚単位まで選択が出来ます。」


「はい。既に総理と野党第一党の党首とで解散の日取りは決めてあります。」


「以前の選挙では大変お世話になりました。二ヶ月後の選挙もお世話になりたいと思っております。ええ、ですから通常と大を各一枚ずつ、合わせて二十切れをお届けしたいと思っております。」


 複数の声が入り乱れていた。


(おいおい、こりゃあ大物政治家の大スキャンダルじゃねえか!?)


 俺は今、二週間前に理由わけもなく自殺した友人からになって届いた荷物から出てきたメモリーカードの音声データを聴いていた。

 その荷物は、国際郵便で海外の住所から友人の名前で届いた荷物であり、届け先も俺の家にではなく、俺と友人が若い頃によく通っていたバーに向けて俺宛に届いた荷物で、そのバーの店長が中にあった友人からの手紙を読んで内々で俺に渡してくれた物だった。


『店長、ご無沙汰しています。この手紙を読んでいる頃には恐らく自分は既に生きていません。事故死か病死かあるいは自殺か、何らかの死を迎えているでしょう。店長にお願いがあります。この手紙と共に入っていたワインの瓶の中に大切なデータを記録したメモリーカードが入っています。それを、昔俺とよくここに来ていた男にワインを渡すという口実で届けてほしいのです。悪党に裏で支配されている弱者のために、どうかよろしくお願いします。』


 手紙にはそう書かれていたらしい。

 もっとも、友人からの手紙の最後に忠告があり、手紙は既に店長によって銀行の貸金庫に預けられ、俺は手紙の実物は見ていない。


 そして、俺はそのバーの店長から突然、いい酒が手に入ったから会いたいという連絡を受け、六年か七年ぶりに店長に会い、ワインと伝言を受け取った。

 ワインの中から出てきたメモリーカードに収録されていたのは音声データだった。

 それは、生前に政治家の秘書を勤めていた友人が死ぬ何日か前に録音したと思われる政治家の事務所内での音声と思われた。

 友人は所謂いわゆる派遣の秘書であり、選挙や政局の重大局面になるとあちこちの政治家の事務所に呼ばれていた。

 そして、今回、与党の支持が落ちてきて、選挙に備えるためなのか、友人はある大物政治家の事務所に派遣されていたのだが、派遣されてから三日目に急に俺を呼び出してこう伝えてきた。


『あの事務所は何かおかしい。不正をしている気がする。不正の証拠が掴めたらそれを発表する。例え殺されたとしても俺は政治を金儲けの道具にする政治を見逃すことはできない。俺が自殺したときは俺以外の誰かに俺が殺されたと思ってくれ。俺以外の誰かの言うことは決して信じないでくれ。』


 この時、友人はまだ派遣されて三日目にも関わらず疲れきった顔をしていた。

 そして、そのわずか一週間後に友人は自殺した。

 大物政治家の事務所に派遣されてからわずか十日後のことだった。


「くそ!国に寄生するダニ政治屋どもが!俺がこれを公表してお前らの悪事を暴いてやるからな!」


 音声データを全て聴き終わった俺は思わずそう呟いていた。


 ピンポーン…


「あ?誰だこんな時間に…」


 時間は既に午前三時近かった。


 ピンポーン…


「………」


(まさか、このデータに気がついて…何てことはねえよな?…でも一応、先にこれを流しておくか…)


 俺はディープウェブで拡散希望と書いてその音声データを複数の掲示板や闇サイトに流出させた。

 マスコミなどに売れば大金を得られたかも知れないが、損得勘定なしに使命感を抱いたまま自殺というかたちで友人を思うと、俺も金に興味を持てなかった。


(頼むぜ、ディープウェブの住人よ…)


 ピンポーン…


「おう!今出てやるよ!待ってろ!……誰だ?こんな時間に。俺を殺しにきたのか?」


 やることをやった俺は殺されてもいいと覚悟を決めて真夜中の来訪者を迎えた。


「……あれ?」


 ドアを開けた先には誰もいなかった。


「おかしいな……帰ったのか?」


 俺がドアを閉めてさっきいた部屋に戻った時だった。


 ピンポーン…


(またきた!)


 ピンポーン…


「おう!俺は逃げも隠れもしねえ…ぞ…?」


 一度目のインターフォンで玄関に向かっていた俺は、二度目のインターフォンが鳴った直後に間髪いれずに扉を開けたが、やはりそこには誰もいなかった。

 その時だった。


「ピザのお届けに参りました…」


「!」


 さっきまで俺がいた部屋のほうから男とも女ともわからない声がした。


「ピザのお届けに参りました…」


「!!」


 玄関の扉を開けて、ドアノブを握りしめたまま動けない俺の後ろのほうから再びその声が聴こえた。

 その声は、のにも関わらず、一文字一文字の音程が全て違うような奇妙な声だった。


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!」


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!!」


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!!!」


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!!!!」


(くそ!何だよこれ!)


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!!!!!」


(冗談じゃねえぞ!)


 その声が一言発せられる度に、段々と大きくはっきり聴こえてきた。

 最初は部屋の奥の方…

 二回目は部屋の真ん中辺り…

 三回目は部屋の内側のドアの前…

 四回目は部屋の外側のドアの前…

 五回目、六回目、七回目…


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!!!!!!」


 その声が一言発せられる度、声は俺の背後に迫ってきて、八回目にはほんの数メートル後ろまで来ていた。


(ふざけんな!ピザは政治屋ダニどもの隠語だろうが!何で俺に…)


 俺は得体の知れないその声に対して、振り向くことが出来なかった。

 身体からだが凍りついたかのように固まり、全く動くことも出来ず、その場から逃げ出すことも出来なかった俺は、まるでかの様に強くドアノブを握りしめていた。


「ピザのお届けに参りました…」


「!!!!!!!!!」


(来た!来やがった!)


 その声はついに俺の真後ろで聴こえた。


(くそ…どうする……ええい、ままよ!)


 俺は気がつくと身体が動いていて、覚悟を決めて振り向いた。


「………い、いない…のか?」


 振り向いた先に声の主は居なかった。


「な…なんだったんだ…くそ!無駄に驚かせやがって………う!!!」


(これは……!!!)


 俺は確かに振り向いているのに未だにドアノブを握りしめていた。

 だが、そんなはずがなかった。

 この部屋のドアは建築基準に乗っ取り外開きのドアだったので、振り向いたらドアノブを握りしめることは出来るはずがなかった。


(う…嘘だろ……そんなことあるわけ……この感触はさっきと変わらない……じゃあ俺はさっきからずっと……を握りしめていたのか……)


 全身の血の気が引き、熱帯夜の暑さも忘れるような冷たい戦慄が背筋を走った。

 俺が握りしめていたのはドアノブなんかではなかった。

 しかし、俺はその正体を確かめることも手を離すことも出来ずに固まっていた。

 するとは俺の手を強く握りしめて耳元で囁くような声でこう言った。


「ピザのお届けに参りました…」


「ひいッ!」


「ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!」


「うわあッ!」


 俺の声に反応するかのようにその声は途端に大きくなり、正体もわからないままで同じことを繰り返していた。


「ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!」


「ーーー!!!」


 もはや俺は声も出せなかった。

 段々と意識が遠退くような、起きながら寝ているような、そんな薄雲に包まれているような感覚の中で、その声は耳元ではなく脳に直接届いてきているような気がした。


「ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに参りました!ピザのお届けに………」






















「大丈夫ですか!しっかりしてください!大丈夫ですか!」


「っ!?!?…え、あ…お隣さん?」


 どれ程の時間が経ったのか、辺りはすっかり明るくなり、俺はゴミ捨てに出てきた隣の住人に発見されて起こされた。


 あの後、どうなったのか全く覚えていなかったが、俺の身に起きたことは間違いなく現実だとしか思えなかった。

 あの時、俺が握ったはピザのお届けに参りましたと繰り返していたモノの手だったのか、それともそれ以外の何かだったのか、それは定かではないが、あの感触はきっと一生忘れられないだろう。


 何か骨のような硬いものに柔らかいもの、焼く前のピザ生地のようなものを巻いたような独特の感触は、俺が今までの人生で一度も握ったことのない感触だった。

 一週間後、この国の政治屋の七割がスキャンダルで謝罪または辞職、はたまた逮捕されるという大事件になった。

 そのきっかけは俺がディープウェブにばら蒔いた例の音声データだったが、困ったことにあの日、俺が持っていたメモリーカードは消えてしまっていた。




 ガチャン!

 ピンポーン…


「ん?誰だ?…居ねえ…郵便受けに何か入れてったな?いたずらか?」


 インターフォンが鳴り、俺は直ぐに出たが、そこには誰もいなかった。

 そして、郵便受けには手紙のようなものが入っていた。

 手紙の内容は…………




 302号さん、ご利用ありがとうございました。

 ピザは確かにお届け致しました。




 は確かに302号室だったが、ここは302号室ではない。

 あの件があって俺は二日前にここへ引っ越してきたばかりだった。

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