鳥の巣（旧）

１０ こっちにおいで。

　こっちにおいで。

　今でもよく覚えている。

　その日は、朝からずっと雨の降っている日だった。

　天の原みちるが一人でうずくまって、神社の軒下で泣いていると、がさがさと近くの木陰にある草むらで音がした。

　……なんだろう？　みちるは音のしたほうを見る。

　すると少しして、その草むらから一人の女の子が顔を出した。珍しい亜麻色の髪をしたみちると同い年くらいの小さな女の子。

　その女の子は草むらの中からじっと、うずくまって泣いているみちるのことを見つめていた。

　みちるは目を真っ赤にしたまま、じっとその見知らぬ女の子の顔を見つめた。

　ざーという小さな雨の降る音が聞こえる。

　みちるとその女の子はそのまましばらくの間、そうして雨の中で、お互いのことをじっと見つめ続けていた。

　それから、その女の子は草むらの中から出てきて、みちるの座っている神社の軒下のところにまで雨の中を移動をしてやってくると、「よいしょっと」と言って、みちるの隣に、みちると同じ膝を抱えるような姿勢で座り込んだ。

　それから横を向いて泣いているみちるの顔を見つめた。

　みちるも、同じようにその女の子のことを見た。

　その女の子はとても可愛らしい女の子で、でも、少し不思議な感じのする女の子だった。（なぜそう感じたのかは、よくわからなかったけど）その女の子は赤い着物を着ていた。（みちるは青色の着物を着ていた）

　足元は草鞋で、その顔はとても綺麗で、みちるはその女の子の顔を見て、最初、とても驚いた。その女の子はやんちゃなお姫様のような顔をしていた。まるでおとぎ話の中から勢いよく駆け足で抜け出してきたような女の子だった。

　その女の子は髪の毛に赤い紐のついた黄色い小さな鈴をつけていた。（その鈴はちんと小さな音を立てて女の子が草むらから顔を出したときに鳴った）

　みちるはその女の子のことを、そんなことを考えながらじっと見ていた。

「どうして泣いているの？」

　その女の子は顔をみちるの顔にかなり近いところにまで近づけて、そう言った。

　みちるは黙っている。

「なにか悲しいことでもあったの？」

　女の子は言う。

　みちるはやっぱり、黙っていた。

　するとその女の子はそれ以上みちるに質問をすることをやめて、みちるの隣で、さっきまでみちるがそうしていたように、そこから世界に降る小さな雨の降る風景に目を向けた。

　みちるはそんな女の子の横顔を少し見てから、女の子と同じように顔を少し上げて、世界に降る雨の風景に目を向けた。

　そこには灰色の空があった。

　二人はそのまま、じっと、なんの話もしないままで、雨の降る風景を見て、ざーという雨の降る音だけにその小さな耳を傾けていた。

　そうしていると、みちるはなんだか、少しだけさっきまでの悲しい気持ちが自分の中から消えていくことを感じた。（それがすごく不思議だった）

「私、玉っていうの。よろしくね」としばらくしてから（今から考えてみると、きっと玉の性格からすると、退屈を抑えきれなくなったのだろう）玉はまるで太陽のような満面の笑顔でみちるにそう言った。

　それから泣き止んだみちるが自分の名前を玉に教えて、それから二人は友達になった。「ねえ、私たち友達になろうよ」と初めに言ってくれたのは玉だった。

　玉は、みちるにできた生まれて初めての友達だった。