121 彼女と劇物
喉に激痛が走った。胃が焼ける様だった。
何か毒物でも口に含んだのかと思い、今しがた自分が口にしたスープを目にしてから、驚いた表情のアークが目に入って全てを理解した。
「アーク!!あれほど料理はするなと言っただろうが!!」
ついそう言っていた。
アークは料理音痴だった。それは超がつくほどのだ。
見た目と匂いは完ぺきなのに、味だけが絶望的だった。
それは、人を殺せるほどの不味さだった。
昔俺は、アークの作った料理で死にかけた。
あれから、アークには何があっても料理をさせないようにしていた。
多少の手伝いも断るほどにだ。
不思議なことに、アークが少しでも手伝えば、美味しい料理が劇物に変わってしまうのだ。
俺は咳き込みながら、アークに言って聞かせた。
「アーク、料理は俺がするから、お前は絶対にするな。いいな、分かったか?」
俺がそう言うと、アークは涙目になってと言うか、泣いてしまってのだ。
「にいさまぁ……」
「悪い!言い方がきつかったかもしれない。悪気があって言っているんじゃないんだ」
アークを慰めるようにそう言うと、アークが俺に抱き着いてきたのだ。
アークの劇物のお陰なのか、あれほど思考に靄がかかっていた俺の頭ははっきりとしていた。
そして、今まで何も感じなくなっていた感情も戻ってきていたのだ。
心配をかけてしまったアークを抱きしめ返していると、呆れた表情のカツヒトと呼吸困難になっているソウが目に入った。
「はぁ……。ギャグかよ……。こんなんでヴェインの野郎が元に戻るとかって、コントじゃん……」
「ひーっひーー!!アグアグ最強!!ぶははは!!もしかして、静弥ちゃんもこの方法で戻るんじゃね?」
「やめろ!!静弥が死ぬ!!」
「大丈夫っしょ?これはアグアグの愛のこもったて、て、ぶふふふ!!手料理なんだから!!ぶふふふ!!」
そう言って、混乱する俺を無視して盛り上がっていたのだ。
そして、ソウはシズの分のスープを掬ってひょいっとシズの口に持って行ったのだ。
ぐっすりと眠っていたシズだったけど、スープが唇に触れた瞬間……、眉間にしわを寄せて嫌がるように顔を背けたのだ。
「おい、ソウ。やめろ。シズが嫌がっている」
「えぇ~。でも、今までにない反応だったよ?だから、もう少しだけ」
そう言って、顔を背けて逃げようとするシズの口元にスープをぐいぐいを押し付けたのだ。
本当は止めないといけないのは分かっていたが、もしかするとと言う微かな希望もあって、俺はソウを止められなかった。
ソウは、無理やり静弥の口にスープを捻じ込んでいた。
次の瞬間、シズがぱっちりと目を開けて盛大に吐き出していた。
泣きながら、苦しそうに。
「うえっ……、げほっこほこほ。うぇぇーーー」
「シズ、苦しかったら全部吐いていいから」
そう言って、俺の手に吐くように言うと、シズは……、シズは……。
「だ、だめぇ。ヴェインさんの手に吐くなんて……。うっ!」
「我慢するな!いいから、ここに出して!」
俺がそう言うと、泣きながらシズは俺の手に吐いたのだ。
そして、全部吐き出した後に、恥ずかしそうに言ったのだ。
「ご、ごめんなさい……。ヴェインさんのこと汚しちゃった……。ふえぇえん」
俺は、そんなことどうでもよかった。
アークの劇物のお陰で、シズが元に戻ったのだから。
俺は、シズを力いっぱい抱きしめていた。
「シズ、シズ!!」
「えっ、あ、あの……」
そんな俺とシズを見ていたカツヒトが複雑そうな表情で言ったのだ。
その言葉で、俺は我に返ったのだ。
「はぁ。ゲロまみれで何してんだよ……。ここは掃除しておくから、綺麗にしてこい」
そう言われた俺は、確かに大変なことになっている状況を思い出していた。
だから、シズを横抱きにしていつものように風呂に向かっていた。
そして、慣れた手つきでシズを裸にして、自分はズボンだけになってから、洗い場に向かった。
椅子にシズを座らせて、いつものように体を洗って髪も洗う。
洗い終わったら、タオルで包み込むように体を拭いて新しい下着と服を着せる。
シズを脱衣所に残して、俺もさっと体を洗う。自分の分の着替えを持ってき忘れた俺は、タオルを腰に巻き付けただけで、唖然とするシズを抱っこしてリビングに戻ったのだった。
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