120 兄様とシズ
僕が目覚めた時、ソウがこれまでのことを説明してくれた。
帰りが遅い僕たちを探しに来たこと、植物に捕らわれていた僕たちをシズが助けてくれたこと。そして、シズと兄様が黒い靄のようなものに飲み込まれてしまったこと。シロの助言で、僕たちがシズからもらった収納バッグに入っていた大量のキュアポーションを森に撒いて強制的に浄化を進めたそうだ。
その結果、黒い靄のようになっていたもう一人のシロに取り込まれたシズと兄様を助けることが出来たそうだ。
このことを知ったのは、すべてが終わってからだった。
助け出された僕や騎士たちは、ソウの術で召喚された不思議な動物に運ばれて、街に戻ったのだ。
そして、兄様とシズは……。
二人の命は無事だった。
だけど……。
兄様は感情を失っていた。
喋らないし、笑わない。
必要なことは話すけど、それだけだった。
そして兄様は、シズから離れようとしなかった。
兄様は、騎士団を脱退しようとしたけど、中隊長から長期休暇を言い渡され、その身分は補佐官のままだった。
シズは……、命以外の全てを失っていた。
笑わない、しゃべらない。泣かない、怒らない。
光を失った瞳は、いつも虚空を見つめていた。
そんな生きた人形のようになってしまったシズ。
そんなシズを兄様は甲斐甲斐しく世話をしたのだ。
食事を食べさせて、体と髪を洗って、寝かしつけて。
兄様はシズの髪を梳かす時、泣きそうな顔になっていたと思う。
感情を失っていた兄様だけど、真っ白になってしまったシズの髪の手入れをしている時、泣きそうになっていると僕にはわかった。
兄様を元気づけるために、僕は必要以上に元気に振舞った。
シズが何か反応してくれるのではと思って、外での出来事を事細かに話したりもした。
だけど、二人は変わらずだった。
兄様は騎士団を休んでいる間、シズの面倒を見ながら家事をしていた。
シズはこの家をとても大切にしていたから、兄様もシズの大切にしている家を守りたいんだと分かった。
兄様は何でもできる人なので、掃除も料理も難なくこなせた。
そんなある日、僕が家に帰ると、兄様はシズを抱っこしたままソファーで居眠りをしていた。
兄様の表情には疲労が色濃く出ていた。
だから、いつもは兄様に甘えて料理をしてこなかった僕は、二人のために今日の食事を作ることにした。
過去に何度か作ったことのある、簡単なスープを作った。
具を沢山入れて、味を付ける。
とてもいい匂いのする美味しそうなスープが出来た。
そこに、ソウとカツヒトがやってきた。
手には、屋台で買ったと思われる食べ物を持って。
僕の作ったスープと二人が買ってきてくれたもので今日の夕飯にする。
リビングのテーブルに並べてから、兄様に声をかける。
兄様は、腕に抱いていたシズの真っ白になった髪を撫でてから僕に言った。
「悪い、少し寝ていた……」
「いいんです。さぁ、温かいうちに食べてください」
僕がそう言うと、兄様はいつものようにシズにご飯を食べさせようとした。
だけど、シズはまだぐっすり眠っていて、兄様はシズを寝かせたままにすることにしたみたいだった。
だから、先に食事をすることにしたようで、僕の作ったスープに手を伸ばした。
ソウもカツヒトもスープを掬って一口飲み込んだ。
そして、盛大に噴き出していた。
何故だ解せない……。
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