119 彼女の命

 俺たちは、魔の森を調査するために出立した。

 魔の森に着いた時、森の様子が違うことに驚きつつも、調査をすることになった。

 決して侵入を許さない森は、何故か俺たちを迎え入れたのだ。

 それは偶然だった、森の入り口に野営の準備をしようとしたとき、小動物が森に入ってくのを目撃したのだ。

 

 普通ならあり得ない光景だった。

 全員で協議した結果、半分にチームを分けて、中に入ってみることとなった。

 数人の騎士を残して、俺は森の中に入った。

 

 驚くことに、中はいたって普通の森だった。

 なんの瘴気も感じない、侵入も拒まない。

 

 そして、森の入り口周辺を確認した俺は、一度入り口に戻って、これからのことについて話し合った。

 

 その結果、中を進んでみようということになった。

 

 森の中は、本当に普通の森だった。

 寧ろ、普通の森よりも空気が澄んでいるような気もした。

 

 森に入って数日のことだった。

 奥の方に、とても美しい花が咲いているのを見つけたのは。

 俺とアークは、その美しい花をシズに見せたいと思ったのだ。

 だから、その花に手を伸ばしたのだ。

 

 それは油断だったと思う。

 

 気が付いた時には、植物の蔦に捕まっていた。

 俺もアークも、騎士たちも。

 

 植物に捕らわれて、次第に眠っている時間が増えてきていた気がする。

 脳裏には、シズの心配そうな顔が浮かんでいた。

 小さく謝っても、彼女は泣くだけで俺に笑顔を見せてはくれなかった。

 

 どの位そうしていただろうか、急に息苦しさがなくなったと思った時、目の前が明るくなった気がした。

 体中が寒くて仕方なかったが、外に出られたことを肌で感じた。

 だが、指一本動かすことが出来なかった。

 

 夢うつつの中、気が付けばシズの声が聞こえてきた気がした。

 

 

「わたしの、すべてを……、あなたに、あげる……」



 そして、体の中に温かい何かが流れ込んでくるのが分かった。

 優しくて、温かくて、心地のいい何か……。

 

 俺が目を開けると、目の前にはシズがいた。

 真っ白を通り越して真っ青な顔色で、ぐったりとしていた。

 震える手で、その顔に触れる。

 とても冷たくて俺の心臓はひび割れていくようだった。

 とても弱い脈。

 微かな呼吸。

 

 俺は理解した。

 

 俺の中に流れてきたものの正体。

 それは……、シズの……、命だ。

 

 絶望が俺を圧し潰した。

 消えそうな彼女にすがって、ただ泣く事しか出来なかった。

 もらった命を彼女に返したいと思っても、どうしたらいいのか分からなかった。

 

 

 泣き続ける俺は、気が付くと黒い大きな靄のようなものに、シズごと飲み込まれていた。

 

 中は真っ暗で、ただ腕の中のシズを強く抱きしめることしかできなかった。

 

 そんな中、微かな物音を聞いた気がした。

 緩慢な動作で、音の方を見ると、黒い小さな子犬がいた。

 

 不思議に思ってその犬を見ていると、その犬が急に吠え始めたのだ。

 

 本当に不思議だった。

 俺は、その犬の言葉をなんとなく理解できたのだ。

 

 

【我ノ供物、渡サナイ。ソノ女、渡セ。ソノ女、食ベル。我ハ、力ヲ取リ戻ス】



 理解できなかったが、それが危険なものだってことは理解できた。

 だから、彼女を腕に抱いたまま、力の限り、その黒い犬を追い払うように、腕を振るった。

 

 信じられないほどの力が出た。

 そう、シズのゴリラの力のようにだ。

 

 風圧だけで飛ばされた黒い犬は、牙をむいて俺に飛びかかってきた。

 あれは悪いものだと、直感で分かった俺は、向かってきた黒い犬を渾身の力で殴りつけていた。

 

 

【信ジラレナイ……。オ前ガ、我ノモノニナルハズノ力ヲ……】



 そう言った気がした。だけど、そんなことどうでもよかった。

 

 どうにかしてシズにもらったものを返したかった。

 気が付いた時俺は、彼女の唇に唇を合わせて、彼女を温めるように抱きしめていた。

 

 そうしていると、真っ暗な空間にヒビが入っていた。

 差し込む光が見えた俺は、シズだけでも外にと思って、ヒビ割れた空間を見ていた。

 身に余る力を使った所為か、体が動かなかったのだ。

 だから、光が広がるのをぼんやりと見ていることしかできなかったのだ。

 

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