108 私と大人のキス

 数週間前、私は庭先で一匹の小さな子犬を拾った。


 どこから入ったのか庭の隅で、弱弱しく鳴いていたところを拾ったのだ。

 薄汚れた子犬を家に上げて、ご飯を上げてお風呂に入れてあげて綺麗にしたところ、真っ白な毛並みの可愛らしい子犬だと分かった。

 面倒を見ている間に情が湧いてしまい、ヴェインさんとアーくんに相談したうえで、うちで飼うことになったのだ。

 私はその子犬に、「シロ」と名前を付けた。


 シロは、とっても可愛くて、そしてまだまだ小さくて、甘えん坊さんだった。

 元気になったシロは、いつも私と居たがって離れようとしなかった。

 家事をしている時も、アイテムづくりをしている時も、お風呂や寝るときも、私の足にすり寄って可愛く甘えてくるのだ。

 私も、なついてくれるシロが可愛くて、ついつい甘やかしてしまった。

 一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、ご飯を食べさせてあげたりと、目一杯可愛がったのだ。

 

 ヴェインさんもシロが可愛いみたいで、私がお風呂に入れようとしたり、一緒に寝ようとすると、いつもこういってシロを独り占めしてしまうのだ。

 

「シズ、シロは俺が風呂に入れるよ……、この犬……、何かおかしい……、風呂の時間になると何故こんなに邪気を放つのだ……」


 更には、アーくんもシロをとても可愛がってくれてこう言うのだ。

 

「シロ?寝るなら、僕のベッドにしなさい。この犬……、普段は可愛らしいのに、風呂と寝るときに何故こんなにいやらしい表情を垣間見せるんだ……?」


 こうして、私たちは新しい家族のシロを可愛がっていた。

 

 そんなある日、ヴェインさんが言ったのだ。

 

「シズ……。シロが可愛いのは分かったが、少しは俺のことも構ってほしいな?ダメか?」


 そう言って、二人きりのリビングで私に甘えてきてくれたのだ。

 いつもは、私がヴェインさんに甘えるばかりで、初めて面と向かって甘えてくれるヴェインさんに嬉しくなった私は、恥ずかしくはあったけど、自然と笑顔になっていた。

 

 ちょうど、アーくんがシロをお散歩に連れて行ってくれたばかりで、当分は私とヴェインさんだけだと考えた私は、ヴェインさんをどう甘やかしていいのか考えた。

 そして、私がヴェインさんにされて嬉しいことをすればいいと考えた私は、ヴェインさんに抱き着くことを考えた。

 

 ソファーに座るヴェインさんのすぐ隣にいた私は、ぴとっとくっついてから、ヴェインさんの顔を見上げて言った。

 

「はい。ヴェインさんを甘やかしたいです。それじゃ、失礼します」


 そう言って、引っ付いた状態からヴェインさんに抱き着いていた。

 ぎゅーって抱き着くと、心臓が飛び出しそうなほどドキドキしたけど、でも、もっとくっつきたいようなそんな気持ちになっていた。

 私は、それだけでも十分だったけど、ヴェインさんには少し足りなかったみたいで……。

 ヴェインさんは、私に謝ってから私を抱き上げていた。

 

「シズ、ごめんな。俺はもっとくっついてたい」


 そして、抱き上げられた私は、ヴェインさんの膝を跨ぐようにして、ヴェインさんと向かい合うような格好になっていた。

 首を傾げてヴェインさんを見ていると、そんな私をヴェインさんが抱きしめてくれたのだ。

 ヴェインさんの胸に顔を埋めるようにすると、ヴェインさんの鼓動もドキドキと大きな音を立てていることが分かった。

 お互いの胸を合わせるような格好で、ヴェインさんの首元に額をくっつけるようにしていたら、ヴェインさんが、私の髪を梳くように撫でた後、髪を一房手に取って、私の髪にキスをしていた。

 私は、そんなヴェインさんに胸がキュンとなっていた。

 お返しとばかりに、恥ずかしかったけど、ヴェインさんのほっぺたに触れるだけのキスを落とした。

 

 私からキスをされるとは思っていなかったようで、ヴェインさんは驚いた顔をした後に、ドキッとするような表情をしていた。

 なんていうか、えっちな……、大人の男の人の顔をしていたのだ。

 ヴェインさんは、私の耳元に唇を寄せて囁くように言ったのだ。

 

「シズ……、可愛いよ。もっとキスしたい。ねぇ、約束した大人のキス……、しようか?」


 そう言って、私の耳たぶを……、耳たぶを、はむって!はむってしたの!!

 私は、ヴェインさんの行動にドキドキしつつも、小さく頷いていた。

 

 そんな私に、ヴェインさんはとても艶っぽい顔で言ったのだ。

 

「くすくす。本当にシズは可愛いな。食べちゃいたいくらい、可愛いよ」


 そう言って、いつもは凛々しい青い瞳を色っぽく潤めてから私の唇に触れたのだ。

 最初は触れるだけの、優しくて甘いキスを。

 私も、ヴェインさんに応えるように、自ら唇を合わせるように触れ合わせた。

 何度もそうやって、唇を合わせていると、ヴェインさんが唇を触れ合わせながら甘く囁くように言ったのだ。

 

「シズ、ちょっとだけ口開けて」


 そう言われた私は、「どうして?」と疑問に思いつつも、ヴェインさんからのお願いに小さく頷き、ほんの少し口を開いた。

 すると、何か湿った温かく柔らかいものが私の口の中に入ってきたのだ。

 驚いて口を閉じようとしたけど、それは出来なかった。

 私の中に入ってきたものは、最初は遠慮がちに、私の舌に触れた。

 初めての感覚に驚いた私は、舌を引っ込めるけど、柔らかい何かは私の舌を追いかてきたのだ。

 息苦しさと、初めての感覚にパニックになりかけていた私の背中に、ヴェインさんがそっと触れてくれた。

 優しく、宥めるように、緩く撫でてくれたのだ。

 私は、肩に入っていた力を抜いて、息苦しくはあったけど、心が落ち着いてくるのが分かった。

 

 私が体から力を抜くと、ヴェインさんの背中を撫でる手が腰に回ってから、強く引き寄せられていた。

 そして、私の舌に触れる柔らかいものが、舌や上顎、頬の裏、歯列に触れて行った。

 そうされると、だんだん気持ちがよくなってきて、私はされるがままになっていたけど、息が苦しくて頭がくらくらしてきた。

 

 私が苦しさからくらくらしていると、口の中を蹂躙していた何かが私の中から抜けて行った。

 苦しさと、気持ちのよさでくたっとなりながら、瞑っていた目を開けると、ヴェインさんの顔が離れていくのが見えた。

 ヴェインさんの唇は濡れていて、その口からは銀色の細い糸の橋が切れていくのが見えたとき、その銀の糸の橋の先が私の口だと分かった瞬間、私の口の中を蹂躙していたのがヴェインさんの舌だと分かり、体中がカっと熱くなっていた。

 

「シズ、ごめん。苦しかったろ?シズとのキスが甘くて、夢中になってしまった……。本当にすまない」


 そう言って、私の唇を親指の腹で拭ってくれた。

 そうされたことで、私の唇も二人の唾液で濡れていたと気が付いた私は、更に体中がカっと熱くなっていた。

 だけど、ヴェインさんは優しくて狡くて……。

 

「ごめん。もう一回、シズとキスしたい……」


 そんなこと言われたら、断れるはずなんてなかった。

 私は、全身が赤くなっていくのを感じながら、小さく舌を出しながら言っていた。

 

「ヴェインさんとのキス……。私も好きです。それに、き、気持ちよかったです……。だから、私も……。もっとしたいです……」


 最後の方が小声になってしまったけど、素直に自分の気持ちを口に出していた。

 私の小さな声が聞こえたようで、ヴェインさんは、思わず息を呑んでしまうような艶っぽい大人の色気を振りまきながら、私の舌に舌を絡めながら、熱く蕩けるような大人のキスをしてくれた。

 

「シズ、好きだよ。愛してる」


「は、い。はぁ、はぁ……。わたしも、あい、あっ……、あいして……ぅん。あいしてます……」


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