88 私と花束の送り主

 翌日、昨日のモヤモヤは無くなり、スッキリとした気分で起きることが出来た私は、昨日のモヤモヤは、眠気から来るものだと判断していた。

 

 朝食を用意していると、制服に身を包んだヴェインさんとアーくんが心配そうに私に言ったのだ。

 

「シズ、無理しない方がいいぞ?もし、まだ気分が優れないのなら横になっていた方がいい」


「シズは、すぐに無理をしようとするから心配です」


 二人に心配を掛けてしまってことが心苦しくて、それを吹き飛ばすかのように元気をアピールしていた。

 

「大丈夫です。寝たらスッキリしました」


 そう言って、力瘤を作るような仕草をしてみせると、二人は目を丸くした後に笑ってくれた。

 

 二人といつも通り朝食を摂っているうちに、何か大切なことを忘れているような気がしたけど、その事自体もすっかり忘れてしまっていた。

 

 二人を見送った後に、家のことを片付けてから商業組合に商品の納品に向かった。

 何時ものように商品を渡して、書類にサインをしてから組合を出た私は、見知らぬ人に声を掛けられていた。

 

「こんにちは。シズヤさんですよね?」


 そう声を掛けられた私は、驚きつつも後ろを振り返っていた。

 そこにいたのは、長い銀髪を風になびかせた長身の男性だった。

 ニコニコと優しそうな微笑みを浮かべる瞳は、とても神秘的な紫水晶のようだった。

 均整の取れた、靭やかでいて程々に筋肉のついた体つきの、まるでモデルのようなイケメンだった。

 

 そんな、イケメンさんが、私の名前を知っていたことに不信感が湧いていた。

 ここまでのイケメンを見忘れることなんて無いと思うのに、私はこの人を見たことがなかったからだ。

 

 声を掛けられて無視することも出来ず、少しだけ逃げ腰になりながらも、男性に答えていた。

 

「はい……。そうですけど……?」


 私がビビりつつもそう言うと、男性はぱっと花の咲いたような鮮やかな笑顔をしてから嬉しそうな声で言っていた。

 

「やっぱり。それが君の本来の姿なんだね」


 そう言って、男性は笑みを深めていた。

 

 男性の言っていることが謎すぎて、このまま関わるのは危険な気がした私は、少しずつ後ずさっていた。

 だけど、そんな私の行動はバレバレだったみたいで、目の前の男性に笑われてしまった。

 

「くすくす。ごめんね。君が余りにも理想的過ぎて、挨拶が遅くなってしまったね」


 そう言った男性は、道端だというのに片膝をついて恭しく私の手を取ったと思ったら、下から私の顔を見上げて言ったのだ。

 

「ふふふ。驚く顔も可愛いね。私は、セレフィン・フェールズだ。昨日、君宛に手紙と花束を贈った者だよ」


 そう言ったセレフィンさんは、私の手にそっと唇を落としたまま上目遣いに続けて言ったのだ。

 

「くすくす。困った顔も可愛いね。もっと困らせたくなるなぁ。ふふ。嘘だよ。安心して?」


 全然冗談に聞こえないセレフィンさんのセリフにオロオロするだけで、どうしたらいいのか分からずにいると、ヴェインさんの声が聞こえたような気がした。

 幻聴かと思ったけど、現実だったみたい。

 

「セレフィン!!お前は!シズから離れろ!!いくらお前が第二王子だとしても、シズは渡さない!!」


 そう言って、肩で息をしながら宣言したヴェインさんは、混乱する私をセレフィンさんから引き剥がして、肩を抱くようにしていたのだった。

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