42 名もないモブの独り言2
俺は、名もないモブだ。
俺はとても運が悪くて運がいい。
最近の王国は、いろいろと物騒になってきている。
理由は現在調査中だが、魔の森を挟んだ隣国、ベルディアーノ王国で何かあったらしいのだ。
最南端の街、メシェには、ここ数日ベルディアーノ王国からの入国希望者が多く溢れかえっていた。
役所は手続きに追われてパンク状態だという。
更に悪いことに、入国希望者が多すぎて、日に日に手に負えなくなってきているというのだ。
その所為なのか、街の治安も悪くなっていく一方だという。
メシェの騎士団だけでは手に余るということで、近くの街からも応援に行くほどにまでなってきていたのだ。
そんな報告を受けた俺は、部下を使って調査をしていたが、なかなか原因を突き止めることが出来ないでいた。
入国希望者達に聞き取り調査をしても、「生活が苦しくなった」「住みにくくなった」としか答えないため、具体的なことが分からないでいた。
しかし、俺が休暇を楽しんでいると、部下が一つの情報を持って俺の寮に訪ねてきたのだ。
部下の話によると、ベルディアーノ王国は今までたいして豊かではなかった財政が、急激に傾き始めているというのだ。
入国希望者の中に、以前取引をしたことのある商人がいたらしく、その商人から聞いた話では、城での出費が多くなり、急に税金や上納金の額が跳ね上がったというのだ。
一部の商人は、城に宝石や高級な絹織物を卸して、逆に懐が潤っているそうだが、それは一部の例外で、大多数の商人は商売が出来ずに、店を畳んで国に見切りをつけるものが日増しに増えているというのだ。
この話は、直ぐに上に報告する必要があると考えた俺は、中隊長を探したがどこにもいなかった。
ヴェイン補佐官は、何やら用があるということで、一度出掛けていたが、先程処理所で見たことを思い出してヴェイン補佐官の執務室に向かうことにした。
部屋の扉をノックする前に、一瞬躊躇った。
ついさっき知ってしまった、ヴェイン補佐官とヤツの変態的なプレイにだ。
だが、隣国の怪しい動きは報告しなければいけないと、俺は勇気を振り絞って執務室に入った。
執務室では、不在の間に溜まっていた書類が山のようになっていた。
実際には、その山の半分は中隊長の仕事だったりもするようだが、俺は絶対に不用意なことは口にしないぞ。
ヴェイン補佐官は、書類から顔を上げて俺に要件を聞いてきた。
「ヴェイン補佐官のいない間に、隣国に動きがあったようで……。現在詳しいことは調査中ですが、隣国からの入国を希望する者たちでメシェは大変な事態になっています。そして、先程部下から知らされたばかりの情報ですが、隣国で何やら大きな金の動きがあったようで、財政が傾き始めているということです」
俺の報告を聞いたヴェイン補佐官は、難しい顔をした後に言った。
「ご苦労さま。報告書にまとめておいてくれ。中隊長と大隊長には俺から報告しておく」
「了解しました。直ぐに報告書を仕上げてまいります」
「悪いな。今日は休暇だったろう?」
「いえ……」
この人は気遣いも出来るというのに、どうしてあんな変態的なプレイに目覚めてしまったんだ……。
行方不明の間に、開けてはいけない扉を開いてしまったとでも言うのか?
不幸を地で行く俺はついつい余計なことを口走っていた。
「ヴェイン補佐官が戻られてよかったです。ところで、行方不明の間になにかありましたか?」
俺がそう言うと、ヴェイン補佐官は今まで見たこともないような、表情をしたのだ。
女どもが見たら、一瞬で誤解するな。
それくらい、なんというか……、そう甘やかな顔だったんだよ。
これは絶対に何かあったな……。しかも、女だ。
そう、女と言っても少女だ……。
そこまで考えた俺は、急に背筋が寒くなった。
これ以上考えてはいけないと、俺の中の俺が警鐘を鳴らしていたのだ。
思考を止めた一瞬後だった。
ヤツが執務室にとてもにこやかな表情で入ってきたのだ。
「兄様、僕の用事は終わりましたので、お手伝いに参りました」
そう言ったヤツは、手を拭いながらそう言ったのだ。
俺は見逃さなかったぞ。
ヤツのハンカチが赤く染まっていたのを……。
「ああ、もう訓練は終わったのか?」
「はい。先輩たちもお疲れだったところ付き合っていただいたので、そうそうに訓練は切り上げてきました。シズの家にいたときにも体は動かしていましたが、久しぶりにサンドバック相手に槍を振るうのが楽しくて、ちょっと頑張りすぎてしまいました。それに先輩たちとの手合わせもついつい張り切ってしまいました」
「そうか。先輩方に久しぶりにつけてもらった稽古は、アークにとっていい刺激になったようでよかったよ」
―――おい、待て!!今サンドバックって!!それにヴェイン補佐官がサンドバッグの正体にまったく気がついていない!!普通のサンドバッグ相手だと思っている!!補佐官!!それは違います!!生きたサンドバッグですから!!
俺は心のなかで突っ込んでしまっていた。
「はい。兄様」
この会話、噛み合っているようで、噛み合っていないところが恐ろしい。
ヤツは、誰かをボコってきたのだと言外に言っているのだ。
きっと、ボコられた奴らは恐怖から記憶が飛んでいる可能性もあるな……。
俺が、同僚のことを哀れんでいると、ヤツと目が合った。
ヤツは、一見優しげな表情で言ったのだ。
「あれ?先輩?先輩も僕と手合わせしていただけますか?」
!!
これは、昼前のことが原因だな!!
ヤバい、このままでは俺も餌食にされる!!
ヤツは、あの時俺が隣にいたことに気がついているはず……。
なんとしてでもここは切り抜けなければ!!
「い、いや……。これから報告書の作成があるし、今日は昼過ぎまでずっと寝ていて、体がダルイから遠慮しておくよ。あぁ、でも夢も見ずにすっごくよく寝れたよ~。ヴェイン補佐官とお前が戻ってきたのもついさっき知ったばかりだよ。あはははは!!!」
「そうですか……。ずっと寝ていたんですか……。そうですか……」
「そうだぞ!!あは、あはははは!!」
「今回は信じて差し上げます」
ヤツは、小さな声で俺にだけ聞こえるように言った。
つまり、俺は見逃されたとでも言うのか?
分からないが、当分は心を無にして生きよう。
俺は無害な存在なのだと、アピールしなければ俺の命と毛根が危ない!!
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